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2006年1月

2006年1月31日 (火)

必死の昼ごはん

 昨日休んだ校長が出て来た。でも、明日の校長会議に必要なレポートができていないらしく、無言で授業を全て私に押し付けて、一日中それをやっていた。PCの操作が分からない時は「スミマセ~ン」と言って、授業中でもお構いなしで何度も呼びつける。親日をアピールしたって、今日のあなたに私はがっかりしてますよって態度に出してみても、ちっとも気付いていない様子だった。

1_15  ランチタイム。去年まで好きなところで好きなように食べていたが、あまりにも散らかるので、今年から教室で担任も一緒に食べるようになった。生徒たちが勢いよく食べ始める。6人で6個のお弁当を並べ、6つの手がにょきにょき出てきて、あっちのお弁当もこっちのお弁当も手づかみで食べる。こうやってフィジーの子どもたちは分け合って…ってそんな響きのいい話じゃなくて、これは凄まじい! 手を止めたら、食べられてしまう。時々会話を交わすが、視線は常に次に食べる物を探している。私のお弁当にも手が伸びてきそうで怖い。すばらしい集中力。あなたたち、たくましく生きていけます!

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2006年1月30日 (月)

お片付け

 始業15分前にかかってきた電話は校長からだった。しゃがれた声で元気がない。風邪をひいたから休む、とのこと。「書類棚を開けっ放しにしてるでしょ? 床や机に置いたままのノートなんかを中に入れて、鍵をかけてほしくて、電話したの。」

 はい、はい、やりましょ。出勤して校長と一緒に担当しているクラスに入った時、その散乱ぶりに唖然としたが、あえて手を付けていなかった。電話を切って、校長休みかぁ、今日一日の授業どうしよう、それにしても週末くらい片付けて帰ってほしいなぁ、買っておいたアボガドはそろそろ食べ頃じゃないかなぁ、などとぼんやり考えつつ、片付ける。

2_4  昨日、今日の大雨で生徒はみんなで17人だけ。私のクラスは4人。朝は運動と、ボイボイというフィジーの伝統工芸、午後から園芸、図工、掃除をやって終業の3時。あれ、校長がいない方がそれっぽく進んでるんじゃない?!

 放課後、同僚が珍しく、まじめに学校の問題を持ちかけて来たので、ふむふむと聞く。物事はなかなか進まないけれど、こうやって考えている人もいるんだなぁと感心していると、次の瞬間、「さっ、3時半になったから帰ろ。」出たぁ! (生徒は3時に下校し、教師は3時半以降に帰ることができる。)話してる最中で遠~くにいる人を呼び止めて「どこ行くの?」と尋ねたり(フィジー人はかなり目がいい)、笑っていたのにパタッと表情が戻っていたり、よくある、この素早い切り換えに私はよく置いて行かれる。

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2006年1月29日 (日)

雨水を飲む

1_14  雨が止むのを待って、いつものフィジアン一家を訪ねる。10ヶ月になるワイサレくん、今日はずっとこうやって立つ練習に励んでいた。そこでエレノアさん(お母さん)が「子どもがこうやったら、日本ではどういう意味?」と訪ねてきた。あまり考えずに「お尻、拭いて。」と答えてしまった。「あ、そうじゃなくってね。フィジーではこの子が他に兄弟をほしがっているって意味なのよ。」とエレノアさん。さっきの自分の発言が非常に恥ずかしい…。アサエリさん(お父さん)は「なぁ、ワイサレ。もっと兄弟ほしいよな。」とギラギラしていたが、エレノアさんはワイサレくんを産む時も血圧が上がりすぎて危なかったらしく、もう無理の一点張りだった。

 ここ数日、大雨が続いていて水道水がとても飲めないくらい濁っている。そう話したら、エレノアさんが「うち、雨水飲んでるよ。」と何でもないように言うので、びっくりした。日本ほどではないにしろ、雨水は大気中の埃などを含んでいるはずだが、親切な彼女が「ペットボトルに入れて、持って帰りなさいよ。」とまで言ってくれるので、「それ、きれいじゃないよ。」なんてとても言えるはずがない。そして、おやつの時間、その雨水で紅茶を飲んだ。ちょっと抵抗があったが、世界中には雨水さえ貴重なところがある、なんてここで考えなくてもいいようなことを考えて、飲んだ。味は…ミルクと砂糖が一杯過ぎて、分からなかった。

2_3  お昼飯を食べて、昼寝して、おやつまで食べて帰る時、エレノアさんはいつものように「来てくれて、ありがとう。来週も何もなければ、来なさいよ。」と言ってくれた。彼女は私が知るフィジー人の中で一番すてきな人だ。豪快な笑い方も含めて。

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2006年1月27日 (金)

クリスマスプレゼント

1_13  「また、日本に帰ろうかと思って。だって、誰も信じられないでしょう?」 流暢な日本語でジェームスさんは言う。「悪口は言いたくないですけど。」と付け加えたところで、笑ってしまった。誰ですか、あなた?

 彼はアメリカ人で、かれこれ10年近く日本で英語教師をやっていたらしい。ネリアさん(奥さん)はフィリピン人。そして、名前が難しくて覚え切れなかった娘さん(ごめんなさい)。サブサブに移り住んで約3年、一切働かずにアメリカに所有している家の家賃収入で生活しているという、何とも優雅な一家なのだ。しかし、フィジーでの暮らしはもう飽き飽きらしい。日本食が恋しいらしい。そして、今の家を売りに出しているところで、売れ次第、日本に“帰国”するらしい。一番に食べたいものは、おでん。渋すぎる!

 今日、日本の友達から小包を受け取った。何と1ヶ月以上もフィジー国内で行方不明になっていたもの。荷物到着の伝票だけ届いて、物がない。郵便局員の対応も最低で、私はカリカリしながら催促に行き、さらにカリカリさせられて帰宅する、ということを繰り返していた。彼らは真っ当に働けないらしい。

 何はともあれ、Nちゃんが「少しですが、たまには日本食でも」と紙でできたクリスマスツリーと一緒に送ってくれたほうじ茶やはちみつゆず茶、ゴマせんべい、梅干など、もったいなくてしばらく手を付けられないと思う。本当にありがたい。感謝、感謝です!

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2006年1月25日 (水)

スキヤキ~!

 新学期のスタートと同時にほとんどの生徒がちゃんとやって来たことに、びっくり。そして、生徒と同じように2ヶ月しっかり休んだ先生たちが新学期の準備をまるきりしていないことにも、びっくり。あ、こっちはやっぱり、だな。クラス編成すら、ぼちぼち考えましょ、ってな雰囲気。さすが・・・。

 日本ですっかり感化された様子の校長は元気。生徒に伝統的な手工芸、ボイボイ(乾燥した草を使った編み物)を教えながら一日中、日本のことをしゃべっている。そして、昨日私と日本食の話をしたばっかりに、昨夜はすき焼きのことが頭を離れなかったらしい。かわいそうに。まぁ、そんなことばかりではなくて、私のあと1年半のボランティア活動計画についても、時間をかけて議論をしてくれている心強い存在である。

1_12  昼休み、作業学習で男子生徒たちが作ったボードゲームでみんな盛り上がっていた。フィジーの大衆ゲームらしく、これは注文があって作ったはずなのに、生徒が使ってあっちこっち汚れ始めている。ちょっと心配だけど、きっと買い手は気にしないんだろうなぁ。

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2006年1月23日 (月)

活動再開

 フィジーに何のためにいるのか忘れかけながら、だらだらと過ごした2ヶ月の夏休みが終わって、今日から一学期。そうだ、私は養護学校でボランティアしてたんだっけ。

1_10  朝から本当に暑い! 日陰がない道を20分てくてく歩いて通勤。今日から一学期と言っても、生徒が来るのは明日からで、始業式や入学式も一切なし。今日は先生だけが集まってちょっと掃除をして、たくさんのサンドウィッチを作って、会議の前にまずはティータイム。

 うちの校長は去年9~12月まで、日本で障害児教育の研修を受けた。会議中、日本で得たものを熱く語り、私は今後の活動に光が差したようでうれしかった。そしておもむろに、彼女は日本で買ったPCで、日本で買ったデジカメで撮りまくった写真を見せ始めた。日本の障害児施設ではこんなことをやっている、ってなところは他の先生たちもふむふむと見ていた。だけど、大半がホテルの部屋でラーメン食べてたり、カラオケで踊っていたり、噴水の前でポーズを変えたものが5枚続いたり・・・。新しいカメラ、うれしかったかな、ね。

 14時。今日はお昼までのはずだし、そろそろ帰りたいなぁと思っていると、残っていたサンドウィッチでティータイム第2ラウンド。もう、いらんよ。そんなこんなで、解放されたのは16時近くだった。校長、思い出に浸りすぎずに、明日から頑張りましょ!

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2006年1月21日 (土)

11時間の長旅

 いつもガラガラなので平気だと思っていた飛行機が連日満席で予約が取れず、新学期(23日)に間に合うためには20日18時発のボートで11時間かけてサブサブに帰るしかなかった。「生徒は2月にならないと学校来ないって」「ちゃんと行っても、やることないよ」とめちゃくちゃなフィジー流の理由で引き止められても、日本大使公邸で食べるはずだった雑煮やおせちが惜しくてしょうがなくても、ここは律儀な日本人。

 ボートは約1時間遅れて、スヴァを出発。飛行機が満席ならば、ボートも混んでいて、エコノミーの室内は200人以上の人でごった返していた。子どもは走り回る、泣き叫ぶ、歌う人、いろいろなものを食べまくる人々、人の足元に敷物を敷いて平気で寝る人々、大勢の人と食べ物のにおいで空気がどんよりしていて、異様な空間だった。船酔いはしないが、気分は最低。消灯後は3席分に足を折って横になるが、真後ろのおっちゃんの凄まじいいびきでほとんど眠れないまま、あと20分で到着というアナウンスが流れる。しかし、ここで物事が示された通りに進むはずはなく、実際にサブサブに降り立ったのは、それから一時間後の今朝6時前だった。

3  へとへとなのに、ここで寝たらいきなり夕方とかになりそうで、洗濯したり、土曜日なので午前中でお店が閉まる前に買い物に行ったりする。今日は快晴で、タウンからもきれいな海をみることができた。やっぱり、サブサブいいなぁ~。

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2006年1月20日 (金)

異常なし!

 17日に受けた健康診断の結果を聞くために、朝からNasese Medical Centreという私たちボランティアの顧問医が開いている病院に行く。一般の患者さんを受付ける前に、3人の医者がそれぞれ問診を行ってくれた。以前、その病院にかかったことのある同期が劇団ひとりに似た医者がいるというので、その人に当たりますようにと祈る。

 そして2番の診察室に通された。んん・・・劇団ひとりじゃない、ちょっとかすっている気はする、いや・・・観察したいのに、どんどんおかしくなって、問診されているのに、まともに顔が見れなくなってしまった。待合室に出てから大笑いするまで、はぁ~本当に大変だった。同期の言う劇団ひとりはどこにいたんだろうか?

 待合室では1番の診察室に呼ばれる人は、何か引っ掛かっているらしいとみんなで傾向をつかんだり、異常なしで療養一時帰国の道を断たれてがっかりしている人あり・・・。ともあれ、体重3キロ増えたけれど、その他異常なしでほっとしました。

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2006年1月19日 (木)

お寿司を食べる

1_8  フィジーに一緒にやってきた同期の誕生会で、スヴァにある日本食のお店“大黒”に行く。ホストファザーに長いこと期待していたが、ついに自腹で来てしまった・・・。ランチはにぎり寿司、刺身定食、とんかつ定食、てんぷら定食、から揚げ定食など、全て18フィジードル前後(1300円)。これはお昼なら5ドル(350円)もあれば、大抵のものはお腹一杯食べられるフィジーで、とても贅沢。

 さて、フィジーのお寿司。ひとつ目を箸でつまんだ時にしゃりが崩れて、マグロの握りが丸ごと、しょう油に浸かってしまった・・・。しょっぱいだけ・・・。気を取り直して食べた、貝も卵もおいしかった。お味噌汁も、緑茶も、紅しょうがもほっとする味でした。この日は予定が詰まっていて、同期8人で時計を気にしながら、せかせか食べなければならなかったのは、ちょっと残念だったなぁ。次はホストファザーが連れてきてくれるはず。はい。

 1月に誕生日を迎えた2人、おめでとう。

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2006年1月16日 (月)

初上陸

4_1  私が所属している組織の半年に1度の会議と健康診断のために、首都(スヴァ・ナウソリ)行きのたった15人乗りのセスナ機に乗り込んだ。今日の乗客7人、席も決められず、「好きなところに座って。」と言われた。いつも少なくとも30分は遅れるのに、これまでで初めて定刻出発。

 「タベウニまで15分です。」 びくっとした。パイロットがそうアナウンスして、その飛行機がタベウニ経由だと初めて知った。週に2便、そういうのがあるらしいとは知っていたが、チケットを買った時もチェックインした時も誰も何も言わなかった。さすが、フィジー・・・。チケットにだって、堂々と16:00発、16:30着と書いてあるのに。何から何まで、適当。

 タベウニはフィジーで3番目に大きな島で、そこにしかない国花あり、滝あり、きれいな海ありの観光地。そのうちに訪ねたいと思っていたが、10分間の機内待機という形で、とにかくタベウニ上陸!

 “小屋”という言葉がぴったりのサブサブの空港に見慣れたため、タベウニのそれには管制塔がある! でっかいアンテナがある! と驚く。しばらくして、客観的にそんな自分に驚く。そう言えば、管制塔なんて当たり前なのに物を見る基準がすっかりおかしくなっている・・・あれ、サブサブの空港ってどうやってるんだろうか?

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2006年1月15日 (日)

ラビット関根

 昨夜、お祈りをした家から帰る時に、食べ物がたくさん余ったので、午前中に家まで届けると言われた。申し訳ないので、私が出向くと言うと、じゃぁ朝ごはんを10時半に一緒に食べようと言われた。夜遅くにカレーをたんまり食べたので、朝からまたカレーを受け入れる胃の状態ではなかった。でも、約束をしたからには、行ってみる。

 昨日の片づけで忙しそうなお母さんが一言、「朝ごはん、食べた?」やっぱり・・・。 いつも、こんな具合。この国で“約束”とはこの程度の意味しかなく、普通に、当たり前に約束を守ろうとしたり、人の話を聞いていると、四六時中がっかり、いらいらしていなければならなくなる。何で、こうなるんだろうか??

1_7  でも、サブサブ在住の関根勤に会えたので、行った甲斐があった。この家によく遊びに来る、2歳児。最初に会った時、誰にも分かってもらえないのを承知で「日本のコメディアンに似ている!」と一人で大騒ぎしていた。友達の一人は、「ラビット関根」の方がしっくりくると言っていたなぁ。そんでもって、その体はまるで樽のようで、愛くるしい。格闘技に関心があるこの一家で、彼は「スモウ、スモウ」と呼ばれている。いやいや、彼だけではない。お母さんだって10歳の娘だってスモウ、スモウ・・・。

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2006年1月14日 (土)

祈り

1_5  祈りとは、何か厳かなものだと思っていた。ヒンズー教のそれは、太鼓、タンバリン、シンバル、オルガンなどがかき鳴らされ、インド人が独特の節をつけて高い声で歌いまくり、まるで宴会のよう。知人宅でのお祈りに招かれて、これまで近所から聞こえてきていたどんちゃん騒ぎが、祈りだったことが今日、判明した。

 それにしても、2時間以上もそれをやってるのは長すぎる。祈りの場で、お預けになっているカレーとか、聖職者の靴下から飛び出している足の指とか、狂ったようにタンバリンを鳴らしている兄ちゃんの頭の小ささとか、そんなことばっかり気になっていた。

2_2  やっとお祈りが終わって、まずは甘い甘いミルクティーとインド菓子が振舞われる。しばらくして、写真のベジタリアンカレー。ヒンズー教ではベジタリアンになることで、身が清められると信じられている。肉や魚がなくても、こてこてのインド料理には変わりない。夜10時半にこれはきついなぁ・・・と3日後に控えた健康診断が頭をかすめたが、あっさり完食してしまう。

 帰宅してもそのどんちゃん騒ぎ、じゃなくて祈りは続いていて、うちまで聞こえていた。何を祈っているのか、よく分からないけれど、まずはフィジー人と仲良くしてみたらどうでしょうか?

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2006年1月13日 (金)

ラッキーらしい

 パン屋さんで買い物をして、もらったおつりが見慣れない2ドル札だった。これを見るのは2度目。1度目はフィジーに来てすぐの頃、何とも思わずにタクシーの支払いにそれを出したら、運転手のおっちゃんが「これは使えない。危ないから、俺が処分する。他の2ドル札を出せ。」と言われた。いかにも怪しいので、軽く受け流して、その危ないというお札は渡さず、料金だけ払って降りた。4

 久々にめぐり合ったのが写真の上のお札。下のは一般的に流通している、若かりし頃のエリザベス女王の肖像が載った2ドル札。パン屋のおばちゃんに、「これ、いつものと違うけど、この人誰ですか?」と尋ねてみた。おばちゃんによると、2000年にミレニアムを記念して発行されたもので、この肖像は初代大統領とのこと。あんまり出回ってないので、あなた、ラッキーよ、と言っていた。へぇ~。このクシャクシャで、臭いお札が?ラッキーなの?

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2006年1月12日 (木)

ありがたい人

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 今日は一日、雨が降ったりやんだり。夕方、天気が落ち着いている間にマーケットへ行く。サブサブのマーケットはうちから徒歩10分のところにある。マーケットはその土地の暮らしや雰囲気をガッチリ感じられる場所だと思う。例えば旅行をしても、まず覗きたいのはマーケットというくらい、大好きである。

 私が帽子に長袖という完全防備で入っていくと、どこからともなく「kaijapani(日本人)」「japani(日本)」という声が聞こえてくる。5ヶ月も住んでいるんだから、珍しくもなかろうに。マーケットで野菜や果物を並べて売っている人たちは客引きをするわけでもなく、ただ座って、そうやって行き来する人を観察したり、売り物のバナナを食べたりして過ごしている、ように見える。

 フィジー人とインド人で売っているものがきっぱり分かれている。前者は家の回りで摂れたようなパパイヤ、バナナ、キャッサバ、イモ(彼らの主食)など。後者はどこからか仕入れたと思われる豆、にんじん、キャベツ、トマト、生姜など。不思議だ。かれこれ120年、1つの国に住んでいるのに、2つの民族はことごとく気が合わないらしい。

 今日はフィジー人のおじちゃんのところでバナナ1房、写真のインド人のおばちゃんのところで、にんじん2本、ロングビーン(いんげんを3倍くらい伸ばしたような豆)1束購入。全部で3.50フィジードル(250円)。このおばちゃんは、いつも私に何かしらおまけをくれる。今日はパイナップルをくれた。冷やしておいて、夕食後に早速食べたが、めちゃくちゃ甘くて最高においしかった。おばちゃん、どうもありがとう。

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2006年1月11日 (水)

国民的スター

 今日は一日、風が強く、雨も降ったりやんだり。ちょっとひんやりしていて、お湯が出ない我が家のシャワーを気合いを入れて浴びた。

1_4 すぐ隣りに住んでいる大家さんの娘、といっても37歳のラリータが今年のカレンダーをあげると言ってきた。私は今、自分で作った今月分のカレンダーを壁に貼っている。それで十分事足りるけど、いらないと言えない日本人・・・。

 そして、差し出されたのが右のもの。左上にはベッカム、その右には“VITI FM”のキャスト(VITIはフィジー語で、フィジーの意味)、右下にはセレビ。何でこうなるんだ?という不思議なもの、いい加減なものが、この国には溢れている。とりあえず、ありがとうと言って、話題をセレビに向ける。セレビとは、フィジーで最も人気のあるスポーツ、ラグビーのナショナルチームの監督である。新聞社の調査で、2005年の顔として断トツで選ばれて、大晦日の新聞の一面に、なぜか汗だくの顔がデカデカと載ったくらい、迷惑な、いや国民的スターなのだ。

 しかし、「私、この人嫌い。だから、あげる。」とラリータ。話が終わってしまった。嫌いな理由は簡単。ラリータはインド人、セレビはフィジー人。それだけ。家に帰ってよく見たら、セレビの顔に青いペンで、落書きがしてあった。大人気ないぞ、ラリータ!! そしてよくもまぁ、そんなものを人にあげれるもんだ。たぶん、このカレンダー、使わないな。

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2006年1月 9日 (月)

聞き間違い

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 “eighteen(18)”ではなく、“eighty(80)”フィジードルだった。思わず、はぁ~?と言ってしまった。土曜日に行った、歯医者の治療費。今日、改めて支払いに行ったらそう言われた。詰め物だって、前のものを使い回しているのに、そんな高額なはずがない!

 女医さんの説明も全く納得できず、本当は100ドルだけど20ドル値引きしているんだ、などと言い出すから、いよいよ疑ってしまう。そんなお金は持ち合わせていないから、出直すと行って帰り、大家さんやこの歯医者を紹介したジョイスに話してみる。

 みんな、映画で見るような、大げさな驚き方だった。80ドル(5600円)と言ったら、この国では一週間の賃金がそれくらいの人だってたくさんいる。そんな額である。「ばかげている! そんなの払わなくていいよ。知らんぷりしてなさい。」って、そんなことしたら、捕まっちゃうって・・・。さらに「名前言った? 勤め先言った?」って、本気でそうさせようとしているみたいだった。いくらなんでも考え方が大雑把すぎないかい? すったもんだした挙句、ジョイスの旦那さん、ウメッシュがその歯医者に確認に行ってくれることになった。彼は警察官。警察沙汰になってしまった。

 私もそこへ再度、出向く。到底信じられないような説明を女医さんは繰り返す。ウメッシュもすっかり向こう側。腹が立つので、内容は省略。英語で言いたいことをうまく言えず、もどかしくて、悔しくて、何度も泣きそうになった。そして、じゃぁ50ドルにすると女医さんが言ってきた。訳が分からん・・・。

 すっかり疲れてしまった。人を疑う自分も、情けなかった。お金を払って、潔くこの一件を忘れた方がましだと判断して、そうした。今日はこのことで、随分時間を無駄にしてしまった気がする。まだまだ修行が足りません・・・。

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2006年1月 8日 (日)

いつもの日曜日

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 日曜日は決まって、家から歩いて20分ほどのところにあるヤロイという、フィジアンの村へ行く。ホストファミリーの親戚の家がここにある。私を家族の一員だと言って、いつも温かく迎えてくれる、本当にありがたい一家なのである。お父さん、お母さん、9歳と7歳の女の子、そして10ヶ月の男の子。10ヶ月になるワイサレ君は偶然にも私の甥と誕生日が2日しか違わず、写真でしかその成長ぶりを見れない甥っ子を思いつつ、めちゃくちゃかわいがっている。

 村では親戚が集まって住んでいて、今日もいつものように20人ほどでの昼ごはん。床にあぐらをかいて座り、手も洗わずに、手づかみで食事をすることが当たり前のようになってきた。ごはんの後は、「Moce mada.(寝てください)。」と枕を渡される。目を覚ますと「Gunu ti !(おやつ食べなさい)」と、特産の砂糖がたっぷり入ったミルクティーとパンなどが差し出される。食べ終わると「Vakacequ.(休憩!)。」そうやって、異国の人の家でよくもまぁと言うほどくつろいだ日曜日を過ごし、夕方帰ってくる。

 今日は雨が降ったりやんだりしていたけれど、そんなのお構いなしで洗濯物は外に出されたまま。土砂降りになっても、頑なにそのまま。先週、雨の中、エレノアさん(お母さん)が洗濯物を干している姿には、どうしたいんだろう?と笑ってしまった。

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2006年1月 7日 (土)

歯医者へ行く

  2006年と同時に始めようとした、このブログ。うまくいかずに、半ばどうでもよくなっていましたが、ちょっとしたハプニングが起こったことを機に、書き出してみようと思います。こんな滑り出しで不安ですが、どうぞ温かく見守ってください。

1_1

 

今日、歯医者に行った。この勇気ある行動を讃えてもらわないと!

 昨夜、左下奥から二番目の歯の銀の詰め物が、外れてしまった。フロスで歯間掃除をしている時だった。とっさに、半年ほど前に海外でボランティアをするための訓練を受けていた最中にも同じことが起こったことを思い出した。あの時は、日本を発つ前でよかった~と心底思った。ここはフィジー。厄介なことになった。この国の医療事情を思って、しばらく途方に暮れてしまった・・・。

 この国では虫歯になってしまえば、潔く抜いてしまうのが一般的。技術も清潔な設備や器具も、ほとんどないと言っていい。抜かれるくらいなら、残りの任期、このまま我慢した方がずっとましだ、なんてことを思ったり、不安な一夜を過ごす。

 今日の午前中、知り合いのインド人がこのサブサブという小さな町で唯一の私立の歯医者に案内してくれる。薄暗い受付にやっぱりこんな感じか・・・と落胆し、他に客がいないのですぐに診察室に通され、焦ってしまう。診察の椅子がひとつと、壁側に簡単な棚があって、器具などがパラパラと置かれているだけ。

 インド人の若い女医さんに、とりあえず見てもらう。知り合いの母娘、手伝い?の私服のインド人男性、みんなに覗き込まれる。本人を除いて、ヒンズー語で何かしらやりとりをしている。抜くのがベストだ、なんて話になっていたら困る。「抜歯だけはしたくない。(外れた詰め物を見せながら)同じような詰め物を作ることができますか? できないなら、他に行きます。」と言ってみた。できるらしい。本当かぁ? 結局、少し虫歯になっていた箇所を削り、セメントを重ねて、同じ詰め物を戻しておしまい。本当に頼りない手付きだった。こんなのすぐに外れてしまうのだろうけど、下手にいじられて、どうしようもなくなるよりは、ずっとまし。銀の詰め物だって、その場で20分ほどで作れると言ったのだから、疑わしくてしょうがない。とりあえず、ちゃんと食べ物が噛めて、味わえれば、応急的な処置でよしとしなければ。

 診察料、18フィジードル(約1300円)。これは、例えば電気代1カ月分、水道代3ヵ月分に相当する。帰り際に、学校を卒業したばかりという、きれいな女医さんが、詰め物が外れたら無料にするから、いつでもおいでと言った。外れそうな気がするのかい??

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