« 2006年1月 | トップページ | 2006年3月 »

2006年2月

2006年2月26日 (日)

村のスコーン作り

3_2  今日もワイサレくんちで過ごす。昼ごはんの片づけが終わったら、すぐにエレノアさん(お母さん)はおやつのスコーンを作り始めた。食器洗いに使ったボウルが、そのまま材料を混ぜるのに使われてるのが気になるのは私だけ? 日本ならケーキやお菓子を作る時、計量はとても大事とされているけれど、フィジーではぜ~んぶ目分量。小麦粉、ベーキングパウダー、バターとココナッツミルクを混ぜて、鍋の中へ。オーブンがないので、ココナッツの殻などを燃やして、焼く。それで本当に上手に焼けるから、すごい!

4_2  これがフィジアンの村の一般的な台所。薪などを使って、料理をする。ちなみにトイレもシャワーも家の外にある。家の中に水道もないので、不便だろうなぁといつも思う。

 エレノアさんと他愛もない話をしながら、30分ほどでスコーンが焼き上がった。紅茶をいれて、焼き立てのスコーンをいただく。スコーンと言っても、日本のそれのようにパサパサしたものではなくて、スポンジケーキのようなもの。ココナッツの香りがとってもよくて、最高においしかった!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月25日 (土)

おじちゃんたちと泳ぐ

 サブサブに来たからにはきれいな海で泳ぎたい、という昨日のブログに登場したおじちゃんたちと、朝からブルーラグーンという地元の人たちお薦めのスポットへ向かう。私の家からタクシーで10分程で到着。しかし、潮が引いていて、さんご礁が遠くまで続くこの辺りで泳げそうになかった。タクシーの運転手が別のスポットへ連れて行くと言って引き返している時に、向こうの小さな島にかかる100mくらいの橋を発見。全会一致で、そこに行くことに決定。何件かログハウスが見えるが、人影なし。きれいな海と熱帯魚を眺めならが、意気揚々と橋を渡る。

2_9  あと20mくらいのところで、こんなことになっていた。おじちゃん1「これくらいなら、渡って行けるでしょ。」 おじちゃん2「でも、潮が満ちてきたら、ちょっと大変でしょ。」 私「・・・(おじちゃんたちの安全第一で…)。」結局、引き返す。

 近くのキャンプ場で情報を得て、行き着いたところはKolo Sun Resort。そこでカヤックを借りて(F$ 10、700円)向こうの無人島に渡って、そこでシュノーケリングをすることになった。カヤックは初めてだったけれど、意外と簡単にスイスイと進んだ。無人島に着いても腰ほどもない深さのさんご礁が続いていて、十分に泳げなかったけれど、それでもすぐそばでたくさんの熱帯魚を見ることができた。2時間ほどでリゾートに戻って、そこのプールでも一泳ぎ。おじちゃん2の三角の水着にどぎまぎした、私のフィジーでの初泳ぎはこんなものだった。

 その後、昼間からビールを飲み、優雅なリゾートでF$30もするお昼ごはんをごちそうしてもらった。日本にいる時に思い描いていたフィジーのイメージは、こんなだったかも、と思った。日常とまるで別世界だと、今ならよ~く分かる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月24日 (金)

学校を少しさぼる

 首都で活動しているシニアボランティアがココナッツオイル工場見学のために、サブサブを訪れた。その2人のおじちゃんたちが工場見学の前に、私の学校に立ち寄ってくれた。私はなーんにも関係ないのに、校長に許可をもらって、見学に同行する。

 工場はスモークされたココナッツの甘くて濃厚な匂いが立ち込めていた。電気不足らしく、今日は機械が動いていなかった。機械のメンテナンス、そして自動制御が専門のおじちゃんたちはがっかりした様子。それでも案内するインド人社長はちっとも申し訳なさそうでもない。ありがち、ありがち。2時間はかかると言われていた見学が、あっさり40分ほどで終了。「今日は学校に戻らなくていいんでしょ?」「あぁ、まぁ…。」と学校をさぼってタウンへ行き、さっきの社長が招待してくれたお昼ご飯にちゃっかり付いて行く。

 小心者は午後から学校に戻ったけれど、金曜の午後なんて週末の始まりのようなもので、結局何もすることがなかった。やっぱり、さぼればよかった。

1_24  夜、おじちゃんたちに日本人がやっている日本食とシーフードのレストランでごちそうしてもらう。サブサブの魚は新鮮でおいしいとフィジーでも評判。久し振りの刺身と寿司、うまい!! ホテルでのんびりしてただろうと思っていたおじちゃんたちは、午後からリゾートに行ってスパとサウナを満喫して来たらしい。フィジーでサウナ? やっぱり、思い切ってさぼるべきだった…。今夜からこのお店にバンドが入ったらしく、ヨットが浮かぶ海を眺めながら聞くフィジアンソングは格別。スポンサー付きでこそのこの贅沢。ありがたい、ありがたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月22日 (水)

校長は偉い?

 担当しているクラスの生徒に簡単なお金の計算を教えていると、校長が入って来た。このクラスは校長と私が2人で担当しているので、本来なら彼女も一緒に教えるべきなのに、午後からの経営陣との会議で使う資料ができていないらしく、せっせとそれをやっていた。最近、こうやって何だかんだ理由をつけて、授業を私に押し付ける。

 それで入って来て、言ったこと。「お腹すいた。」 まだ10時前。そして、生徒にお弁当の中身を聞き始めた。え? 取り上げるつもりですか? 「サモサ」と答えた子にさらに「何個?」と聞いている。本気らしい。授業中にやめてください! 授業中でなくても、やめてください! なんて、言えない…。

 そして、その生徒のお弁当箱を持って、彼女は出て行った。しばらくして中身が半分になったお弁当箱が返ってきた。フィジーで子どもたちが親や先生に服従している姿はよく見かけるけれど、それにしてもひどいなぁ。そんなに切羽詰っていましたか…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月21日 (火)

得意だったのに

 毎日、朝の運動として、歩いて10分のところにあるグラウンドに行ってちょっとしたトレーニングをしたり、ボールゲームをしている。今日は前のボランティアが置いていった縄跳びをした。縄跳びなんて、軽く10年はやっていない気がする。小学生の時はかなり得意だった! そんな遥か遠い記憶が交差跳びにてこずっている男の子から縄跳びを取り上げさせ、「見てないさ!」と言ってしまった。二重跳びを5回くらいやっただけで、拍手喝采。二重跳びも交差跳びもここでは上級技。大人気なく、向きになってはみたものの、ほんの2、3分でどっと疲れてしまった。もっと軽やかに、楽しくやっていたのになぁ、なーんて感覚もまるで他人のもののようで、30歳手前の体は重くて、体力もガクンと落ちたことを認めざるを得ず、へこむ。

 しかも、その疲れは長く尾を引いて、お昼から校長がみんなを集めて何かしら説教をしている間に(全部フィジー語だったので、半分も分からず…)、こっくりこっくり眠ってしまい、子どもたちにギャハギャハと大げさに笑われてしまった。参ったなぁ…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月19日 (日)

おもちゃのような飛行機

 サブサブに帰る日。空港に行く前に、たっての希望でスヴァにいる間にもう一度、名店「カレーハウス」でカレーを食べたいと言ったのに、朝ごはんがまだお腹にかなり残っていて、えあなく紅茶(F$ 1、70円)だけ注文する。4人で行ってまともにカレーを食べたのはたったの1人で、具だけ持ち帰りにしたり、ちょっとしたスナックだけ食べたり、私に至ってはお茶だけだったし、大人気のこの店の店員に怪訝な顔をされてもしょうがなかった。本当はチキンカレーが食べたかったのよ、ごめんなさいね。

 さて、空港。チェックインする時に今日の飛行機は小さいから、バックパックは預けるように言われた。だけど、持ち物はこれだけだし、ひざの上に抱えるから持ち込ませてと頼み込んで、許してもらう。いつものだって十分小さいのに、それより小さいってどういうことさ?と思いつつ、搭乗時間を待つ。

2_8  定時から遅れること30分、飛行機に乗り込む。ドアがおもちゃのようで登るごとに、ぐらんぐらん揺れる。ドアを閉める時は、体のでっかいパイロットが、ひょいひょいと青いロープを引いて、家の窓と大して変わらない要領でロックするだけで飛行中にすっ飛んでいかないか不安でたまらない。機内も私でどうにか普通に立って歩ける、そんな高さ。いつものは右1列、左2列だけど、今日のは左右共に1列ずつで、確かに小さい。私の席は一番後ろで、まるでバスのそれのように3席つながっていた。バックパックがあるから、カウンターのお兄さんが配慮してくれたのかなぁ? いや、ちょうど翼の上で窓から何も見えないなぁ…。機内で日本の文庫本を読みふけって、あっという間にサブサブに到着。今にも大雨になりそうな、どんよりした空だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月17日 (金)

私は特番

 教員養成校、小学校、養護学校で活動しているボランティア7人で、図工のアイディア集を作っている。今日はその最終打合せで、首都スヴァに行く。大使館の職員に「ハウルの動く城」のDVDを借りる約束をしていたので、まずは大使館を訪ねる。エアコンが効き過ぎていて、女性職員は長袖を着ている。日本のお菓子、日本の飲み物、山積みにされた日本の雑誌…まるで日本のオフィスだなぁ。

 立ち寄ったついでにと、韓国料理店にお昼ご飯に連れて行ってもらう。建物からしていかにも高級そうなお店だった。そこで、書記官お薦めの石焼きビビンバ(F$18、1200円)をいただく。アジアのご飯は何ておいしいんだ!と感動しつつ、勢い良く完食。

 午後2~7時まで打合せ。疲れたけど、いいものができそう。約80のアイディア中、私の分はたった5つしかないけれど、こうしてこの企画に参加させてくれた先輩方に感謝です。

1_21  そして、夜。我らが所長が同期5人を高級船上レストランに連れて行ってくれた。当初の予定は3人だったけど、予定外の2人(私もそのうちの1人)が加わってしまい、何かの拍子に所長が「今日は割り勘だ~!」と何度も叫ぶのが、あながち冗談に聞こえなくなってきていたけれど、まぁ本当にごちそう様でした。所長、次は「オペラ(所長曰く、スヴァで1番のレストラン)」ですね。何てったって私は所長の“特番”にランキングされているらしい。あはは。もうすっかりネタになっている。その所長も3月には帰国することが決まり、残念だなぁ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年2月15日 (水)

マダム!

1_20  配属先の養護学校に隣接する小学校の先生から折り紙を教えてほしいとリクエストされて、今日の午後、2年生のクラスを訪ねた。本来の予定から1日ずれ込んだこともあって、53人の子どもたちが楽しみに待っていてくれた。いや~、みんな元気でかわいいなぁ!

 まずは新聞で帽子を作った。うちの学校の生徒もそうだけれど、ほとんどの生徒がまともに紙を半分に折ることさえできない! 第一段階ですでに、かなりずれてしまっている。折り目を付けて、角を中心に折る、なーんてもう大変…。「マダム! マダム!」とみんな押し寄せて来る。マダムコールの嵐。大きな紙で見本を示して、同じように自分でやってごらん、と言っても聞いちゃ~いない。マダムってすごく品のある言葉なのに、全然慣れない。「分かりましたか?」「イエス、マダム!」「できましたか?」「イエス、マダム!」…何か違うんだなぁ。

 てんやわんやで2つめの花ができたら、たっぷり1時間40分経っていた。扇風機なんてない小さな教室はすごい熱気で汗がどんどん流れたけれど、いつもと違う雰囲気もまた楽しかった。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月14日 (火)

生きる力

1_19  午後から雨になった。雨が止むまで歌を歌って、それから学校のすぐ隣りの海へ行った。その名も“living skills(生活する力)”という授業で、貝掘りをした。校長が子どもの頃には、こうやって次の日のお弁当のおかずを自分で何とかしなければならなかったので、それこそ大事な“living skills”の1つだったらしい。

 スプーンで砂の表面を軽く掘るだけで、おもしろいくらい貝を見つけることができた。学校を訪ねてきたボランティアコーディネーターSさんもスラックスや革靴をどろどろにしながら、「まさか、貝掘りするなんて」と言いつつも、スプーンが足りずに流木を使ってみたり、ココナッツの殻を使ってみたり、何だか楽しそう。あっという間に1時間が過ぎて、貝がバケツの半分くらい集まった。

 校長が明日、その貝を調理するからキャッサバやココナッツを持って来るようにと生徒に伝えていた。みんなが掘った分は全てバケツに集められたと思っていたけど、自分が掘った分をちゃっかりビニール袋にキープしておいて、持ち帰った子がいた。それもまた“living skills”、だろうなぁ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年2月11日 (土)

初泳ぎ、逃す

 フィジーに来て7ヶ月、未だに海で泳いでいない。ちょっと面倒、陽が照りすぎている・・・とまぁ、その程度の理由で。でも、最近はせっかく南の島にいるのに、もったいない気がしてきた。

 昨日、同僚のアイセア(潜り漁の名人)と、最近学校によく遊びに来るアメリカ人、ジョンの3人でシュノーケリングに行く約束をした。ついに、泳ぐぞー! 日焼け、シミがどうでもよく思えるくらい、うきうきしながら、段ボールにしまったままだった水着とシュノーケリングを取り出した。

 昨夜は一晩中雨で、今朝は曇っていた。どうでもよかったはずが、あんまり日焼けせずに済むなぁとしつこく考えながら、服の下に水着を着て、いざ出発。待ち合わせ場所に10分前に到着。15分後、自宅はすぐそこのはずのアイセアがタクシーでやって来た。「昨日の大雨で水が濁って何にも見えないから、また他の日に行くことにしよう。」と彼は申し訳なさそうに説明した。しかも、私の家にわざわざ知らせに行ってくれたのに、私が出た後だったらしい。それから、すでに海で待ってるはずのジョンにどうにか連絡をするために、彼はタウンへ向かった。

 フィジアンの村では電話はほとんど普及していないので、約束をするにも変更するにも、こうやって人が動かなくちゃいけない。携帯やメールでそんなやり取りを済ませてしまうのは楽だけれど、本来はこういうものだったんだろうなぁと、どこか良いもののようにも思う。まぁ、フィジーでは約束そのものがなかったかのように、流れることも多いけれど・・・。

 そんな訳で、やる気満々だった私は泳いでもないのに汗だくになった水着をむなしく洗わなければならなかった。まぁ、次の機会に存分楽しもうっと。あ、ジョンはどうなったかな?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月 8日 (水)

ボイボイ教える日本人

2_6  校長と私が一緒に担当している作業学習クラスでは、前にも少し書いたことがあるボイボイという植物を使ったフィジーの伝統手工芸を教える時間がある。最近は観光客のおみやげになる鳥を練習中。

 今日は突然の申し出があって、隣接する小学校の6年生の女の子10人と先生が、その授業に合流した。その先生はフィジアンのおばちゃんなのに、ボイボイができないらしい。校長は出張で不在。彼女に伝授された鳥の作り方をフィジアンに教える、日本人ボランティア。何でこんなことになっているんだろうと、ちょっと不思議な気持ちだった。

 案の定、みんな分からないと言ってすぐに諦めて、私にやってもらおうとする。おばちゃん先生も生徒はもはや眼中になく、分からん、分からんといって、私を何度も呼びつけた。結局、1時間以上やって1つも完成できずに、明日も来ると言って彼女たちは戻って行った。その後、「私たちの方が上手ね。」と自慢げに話す私のクラスの生徒たちが、ちょっと誇らしかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月 7日 (火)

チョネの学校訪問

 昨夜は結局、断水が復旧せずに、汗臭いままソファで寝た。水がないと、本当に何にもできないものだ。1時半、トイレのタンクに水が溜まる音で目覚めたけれど、そこでシャワーを浴びる気力はなく、またすぐに寝に入る。そして、5時に起きてシャワー、洗濯。いつものように7時25分に家を出て、学校に向かった。

1_18  午後、この町で何かしら仕事をしている、私も何度か見かけたことのあるアメリカ人が友達を連れてやって来た。そして夕方、また迎えに来ると言って、その友達、ジョンを残して、仕事に戻って行った。こういうことは非常に柔軟に受け入れるフィジーの人々。ジョンは自由にクラスを回っていいと言われて、まず私のクラスにやって来た。フィジーなまりの英語にどっぷり浸かっている私には、アメリカ英語は新鮮で、かつ何て言ってるか分からん! どぎまぎしながらジョンと会話をしつつ、彼も針を持って、タペストリー作りを一緒にする。

 その後、1つの教室に生徒全員が集まって自己紹介。それが終わるとジョンは子どもたちにクッキーを配り始めた。クッキーをもらった順に子どもたちは外に遊びに行ってしまった。みんな、クッキーをもらえば、ジョンにもう用はないらしい・・・シビアだなぁ。

 うちのクラスの20歳に近い女性陣は、「チョネ、かっこいい~」とはしゃいでいた。ジョンはフィジーでもよくある名前だけど、フィジー語では“チョネ”と発音する。だから、子どもたちもみんな、「チョネ、チョネ」と彼のことを呼んでいた。この国に来てすぐに受けたフィジー語訓練でも、“チョネ”はよく例文の中で登場した。しかも、主格には“o(オ)”が付くきまりがあるので「オ チョネ」となって、その度に同期のみんなで笑っていた頃を懐かしく、思い出した。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年2月 6日 (月)

水、おくれ

 ただいま、断水中。大家さんによると、今朝10時からずっと止まっているらしい。いつもの傾向だと、だいたい19時頃までには復旧するはずなのに、まだ出ない。昨年の雨季はとにかく断水ばっかりだったので、バケツやペットボトルにいつも水を溜めていて、夜になっても水が出なければ、それでちまちまと行水をしていた。だけど、最近は大雨で水道水が濁ってばっかりで、そんな水をわざわざ溜めてもいなかった。困ってます、はい。とりあえずミネラルウォーターの買い置きがあったので、飲み水は大丈夫。

 お腹が空いたので、どうせご飯が炊けるような水ではないだろうと思って買って来たホールミールの食パンにバターを付けて、かじる。そして、アボカドを半分。切ないねぇ。

 すぐに復旧すると思って、昨日刈ってもらった庭の芝を夕方、かき集めたりしたものだから、汗臭くて、べたべたして、とんでもないことになっている。だけど、水なし! どうしようもない。もう眠い。翌朝には復旧していることを祈って、早々と寝ちゃうか。

 地元の人たちは1日に少なくとも3回はシャワーを浴びるので、私以上にへこんでいる。大家さんちの娘、ラリータ(37)はシャワーを待ち焦がれてイライラして、「一体どうなってるの、この国は! 私、時々フィジーが嫌になるのよね。オーストラリアの人と結婚して、出て行ってやる!」と野望を語っていた。私は「あはは」と笑っただけだった。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年2月 3日 (金)

週末気分

1_16  学校の前の草っぱらで、サッカーを楽しむ生徒たち。ゴールはそこら辺の棒を2本立てただけ。連日の雨で土が軟らかかく、滑ったり、転んだり、みんなあっという間に泥だらけ。自由だなぁと眺めていると、汚れたボールが急に飛んできたりして、慌てる。

 金曜日はみんな気持ちはすでに週末で、どこか、いつもにも増してだるそうにしている。そして、たいてい午後の授業はつぶれて、みんなで映画を見たりする。最初の頃こそ、戸惑ったが、今はすっかりありがたいだけ。日本に帰ったら、このいい加減さが恋しくなるんだろうなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月 2日 (木)

ステラの突進

 ひぇ~、そんなパワーがあるんなら、切り倒した重いバナナの木とか運んでよ~!

 みんなで学校の回りの掃除をしている時に、一人だけ受付けのソファにでーんと座って休んでいたステラというダウン症の女の子に「おいで。一緒にやるよ。」と声をかけたら、引っかかれ、パンチされ、蹴られ、もうちょっとで噛み付かれそうにもなった。前の職場でもこういうことはたまにあったので、びっくりはしないけれど、やっぱりへこむ。同僚が2人がかりで興奮した彼女を私から引き離した。私のTシャツ、のびのび。

 彼女は学校に来ても、何にもしたがらないという、ちょっと困ったお方。彼女のことをはっきりと厄介だ、学校に来なければいいのにと言ってしまう、かなり困った同僚たちと私は今、一緒に仕事をしている。困った、困った。

 彼女は同僚から「先生に対して、何てことするの!」と怒られていた。しばらくして、私の肌色の腕に青あざができていることが分かった時も、また怒られていた。その同僚によると、過去のボランティア2人とも同じ目に遭ったらしい。慣れない外国人にあーだ、こーだ言われるのが、嫌なのも分かる。障害児教育の環境がまだまだ整っていないフィジーでは、苦労も多いだろうなぁと思うし、表に出た行動だけが悪いなんて思わない。それに、帰る間際にちゃんと謝ってくれた彼女を、私はかわいいと思う。けれど、家に帰って、引っかき傷を消毒した時はひどくしみて、「ステラ…痛いよ!」と一人でつぶやいてしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年1月 | トップページ | 2006年3月 »