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2006年3月

2006年3月28日 (火)

 日本の友達が折り紙の本を送ってくれた。前にフィジーの子どもたちでも楽しめる簡単な図工のアイディアを考えるのが大変だと手紙に書いたからだと思うけれど、本当にありがたかった。

 この“友達”は5年位前に、車の運転を始めて間もないというのに思いつくままに、遠くまで一人旅をした時に出会った70歳くらいのおばさん。その日、泊まるところを探していたら立ち寄り温泉の前でビールを飲んでいるおばちゃん2人と犬1匹を発見。きっと地元の人だと思って尋ねてみたら、「私たちも今日はここで車の中に寝るから、隣に車を停めて寝たらどう? この辺りじゃ、たぶん泊まるところもないと思うし。ビールでも一緒に飲みましょうよ。」と言われた通り、星空の下でビールを分けてもらって飲んで、車で寝た。その後も京都のおばさんちにも遊びに行ったし、駒ヶ根で訓練中にも会いに来てくれて、キャンプ場に泊まって飲んだりもした。年齢よりかなり若く見えるし、実際びっくりするくらい活動的。あんなおばあちゃんになりたいと、いつも思う。

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2006年3月25日 (土)

ワイサレ 洗礼を受ける

 今月5日だったワイサレの誕生日会が遅れに遅れて、クリスチャンの洗礼と一緒に今日行われた。午後1時からごはんを食べて、2時から洗礼の儀式なので1時においでと言われて、その時間に両手にアイスクリームとジュースを抱えて行ってみると、やっぱりまだ料理が始まったばっかりだった。親戚がたくさん集まっていて、おばちゃんも子どももノラ犬もハエも大騒ぎ。おばちゃんたちがおしゃべりばっかりして、時々手を動かして料理をのらりくらりとやっている一方で、男性人はココナッツの木陰でまったりとヤンゴナを飲んでいた。

 いい加減にお腹が空いた3時半、ごはんはまだできそうにないので、とりあえず朝食の残りを食べることになり、ロボ(フィジーの伝統料理、鶏や魚、イモ類の蒸し焼き)を受付ける準備をしていた私の胃は少しがっかり。

1_28  4時過ぎ。教会から牧師がやって来て、ワイサレが洗礼を受けた。牧師が汗だくで説教したり、お祈りしたり、讃美歌歌ったり、ワイサレの頭にちょっと水を付けたり、暑い中の長い儀式はワイサレご機嫌のままに終わり、彼はクリスチャンになったのでした。

 さてさて、待ちに待ったロボを中心にしたごちそうは、5時頃になってようやく振る舞われたのでした。ロボと久し振りにお目にかかった豚肉の煮物をもちろん手づかみで、お腹一杯食べた。フィジーでは、豚肉はここぞと言うイベントでしか食べられないものだけれど、もう本当にうまい! そんなごちそうには目もくれず、相変わらずまったりとヤンゴナを飲み続ける男性陣に呆れた眼差しを送りつつ、エレノアさん(お母さん)は「何回も言うようだけれど、フィジー人と結婚しちゃだめよ。」と私にぼやいていた。ちょっと切ない。

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2006年3月22日 (水)

ずる休み明け

 昨日はすっかり全快だったのにずる休みしたので、今朝は少し頭痛がしたけれど、いい加減に学校に行く。もう1日休んだら、癖になりそうで怖い気もしたし。学校に行ったら、声がまだガラガラだったこともあって、みんな心配してくれた。

 さて、私が休んだ2日間は経営陣との会議やワークショップがあったりして、いつものように授業がつぶれてばっかりだったらしい。会議に関係ない先生のクラスまでもがここぞとばかりに、おもいしろいくらいに授業をつぶす。自分が生徒だったら嬉しいんだろうけれど、ボランティアに来ている立場として、同僚がこうもいい加減だと時々がっかりしてしまう。

 午後2時、ものすごい雷雨になった。昨日もちょうど同じ時間帯に、同じような雷雨だった。フィジーの人たちの雷への反応と言ったら、とっても大げさ。ピカッ、きゃーー! ゴロゴロッ、ぎゃーー! と、私にとってはその声の方がよっぽど怖い。そんなこんなの大騒ぎで、やっぱり授業がつぶれる…。1時間ほどでぴたりと雨は止んだけれど、学校の近くの道路が冠水していて、いつものように歩いて通れずに、タクシーに乗ってそこを豪快に渡って帰って来たのでした。

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2006年3月20日 (月)

ついに病院に行く

 昨夜からいよいよ熱も出て、珍しく風邪を引いてしまったようだ。学校に行けないこともなかったが、休んだ。私はいくつか理由があって病院が嫌いだ。薬も嫌い。ついでに、フィジーの医療も信用していない。だから、病院に行くつもりは全然なかったけれど、同期Uちゃんがあまりにも心配してくれるものだから、行かないと彼女に申し訳ないような気になって行ってきた。

 サブサブ病院は家からバスで10分ほどのところにある。受付が分からずにキョロキョロしていたら、看護婦らしいおばちゃんに声を掛けられ、内科を受診したい旨を伝えて案内してもらう。きっと受付で初診のアンケートを書いたり、しばらく待つだろうと思っていたらいきなり診察室に連れて行かれた。しかも、前の患者さんがいる…。

9  診察は至って簡単。症状を言って、インド人の若いドクターがのどを見て、聴診器当てて「風邪です。」、であっという間に終わり。「薬局で薬を受け取ってください。あと、注射しましょう。」 「(かなり焦って)注射?」 「注射、嫌ですか?」 「嫌です!」とはっきり言ったら、ドクターも笑っていた。症状が改善しなかったら4日後に注射することを約束して、見逃してもらった。とほほ…。そして、学校に提出するための、病気だったことの証明書のようなものをお願いする。ドクターがそれに明日までの日付を書いてくれたので、明日も休める。ラッキー! 診察室から出て、薬局で色とりどりの薬をもらう。フィジーでは公立病院では医療費は無料だ。そのために公立病院の混雑はひどいけれど、私のような外国人もただで診てくれるのは、ありがたい。

 病院の帰り道、市場に寄って、いつものおばちゃんのところでオクラを買った。私が風邪だと知ったそのおばちゃんはライム2つとしょうがを持って来て、ライムはお湯に搾って、そしてしょうがは砕いて牛乳と煮て飲んだらのどがよくなるよ、教えてくれながら買い物袋に入れてくれた。うれしくて、泣きそうだった。何度もありがとう、と言って帰って来た。病院からもらった薬じゃなくて、市場のおばちゃんが教えてくれた“薬”を飲んだ。明日もゆっくりできるし、良くなってちゃんとお礼をしようと思った。

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2006年3月18日 (土)

スヴァは忙しい

 朝からのどが痛くて、声がガラガラ。だけど、今日の私には果たすべき重大な役目があった。内緒で同期全員が首都スヴァに集まって、サプライズ誕生日会をする。その場に主役の2人を誘導しなければならない。強引に主役の1人をスヴァに呼び出したり、もう1人が2日酔いだったり、焦りながら連絡を取り合ったりしたけれど、まぁ楽しい会になりました。同期はいいものです。Gちゃん、Uちゃん、おめでとう。韓国人がやっている日本料理店でのしゃぶしゃぶもおいしかったなぁ。

8 そして夜、ガラガラ声に加えて、熱っぽい。でも「お国のために行きます。」と訳の分からないことを言って、長崎賢人会に向かう。私が所属するボランティア組織には職員一家4人と、私も含めてボランティア2人、合計6人の長崎出身者がいる。職員宅でごちそうを準備してもらった。私の声を聞くなり、「飲んで治せ!」と九州男児らしい職員Wさんの一言。家族の健康を支えているらしい“超短波治療器”なるものをお腹に当てて、汗をかきながらお酒を飲む。何でも弱っている細胞を活性化させる優れものらしいけれど、何ともまぬけな光景だっただろう。そして、任期を終えて来月帰国するもう1人のボランティアKさんも胃が不調らしく、私の後にワインを片手に“治療”していた。効果の程はともかく、長崎弁全開のこの会はいい時間でした。

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2006年3月17日 (金)

父に会う

  会議に出るために1ヶ月振りに首都スヴァへ。飛行機が3時間も遅れて、大変だった。Air Fijiは最近、機械のトラブルでフライトが遅れたり、ひどい時は欠航することが増えているらしい。フィジーの空には散りたくありません。1~2ヶ月に1度は飛行機に乗っているので、やっぱり怖い。

 夜、久し振りにホストファザー(中央省庁の役人)に会い、同期Gちゃんも合流して中華料理を食べながら、オーストラリアでやっているCommonwealth Gamesのラグビー観戦。フィジーが試合をしていても食べ続けるGちゃんと私の傍で、父は食べる手を完全に止めて、時々レストラン中に響き渡るような大声を上げたりしていた。

 イギリスに負けた時、父のテンションはガタ落ちだったけれど、どこかからかかってきた電話が終わってテーブルに戻ってきた時はまたテンションが跳ね上がっていた。興奮している父の言っていることがしばらく分からなかったけれど、5月の総選挙で今の首相が再選した暁には、父は大臣になるらしい。詳しいことはよく理解できなかったけれど、どうやら高い地位を手に入れる可能性があるようで、帰り道でも「さぁ、ゲームの始まりだ~!」と意気揚々と言っていた。大臣になっても「娘よ、元気か?」と時々電話してくれるだろうか?

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2006年3月14日 (火)

裸足の先生

7_1 M先生が1学期も半ばと言う、かなり中途半端なタイミングで転勤することになった。本人によると昨年から希望を出していたけれど、何の音沙汰もなく、昨日突然、教育省から手紙が届いて、今週中には移らなければならないらしい。こんなめちゃくちゃなことがまかり通ってしまうのだから、呆れてしまう。

 今日は授業を全部潰して、朝から送別会の準備をして昼は子どもたちを含めての会、そして放課後には先生たちと教育省関係者などでの会。送別会と言っても、簡単な話をした後にごちそうを食べるのがメインのように私には思えて、食べ終えた人からパラパラ帰っていくのである。私が帰国する時もこんなだったら寂しいなぁ…。

  M先生はいつ見ても裸足。赴任する前に先生は女性ならシャツとロングスカート、男性ならシャツとスル(巻きスカートのようなもの)にかかとにかけるベルトのようなもののあるサンダル、という正装をいつもしなければいけないと聞いていた。だけど田舎の学校という事もあってか、実際は大半の先生はビーチサンダルを履いてペタペタと歩いているし、M先生に至っては何も履いていない。かかと云々のレベルではない。ある日、「どうして、靴履かないの?」と素朴な疑問をぶつけてみたら、「何か履いていると、気持ち悪くてしょうがないんだよ。だから、学校に着いたらすぐに脱いでしまう。」というすばらしく野性的な答えが返ってきた。裸足でバスに乗っているM先生を想像していた私は、一応通勤の間は履いているんだ、とちょっと安心したのだった。

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2006年3月13日 (月)

芸術が大爆発

6  低学年クラスでの図工の時間。これまで簡単な工作や折り紙を教えていたが、初めて絵画をやってみた。内容は友達の顔を描く、というもの。日本だったら、保育園でもやっているけれど、そんな経験がないフィジーの子どもたちはどうやって描いたらいいのか本当に分からないらしく、みんなきょと~んと鉛筆を握ったまま。

 じゃぁ、友達の顔の形がどんなふうだか、よく見てみようと私が言っている傍で、クラス担任のフィジー人女性の先生が黒板にささっとひとつの顔を書いた。すると、みんなそれを真似して、みんな同じような顔になった。まぁ、1回目だし、それでもいいかと思って、そのままクレヨンで色を塗ってもらった。そしたら、顔を赤や黒で塗りつぶしたり、パーツごとにカラフルに仕上げた子もいたりして、フィジー流芸術があっちでもこっちでもドカン、ドカン。おもしろかった。

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2006年3月12日 (日)

雨の週末

 この週末、雨ばっかり降って、昨日マーケットと郵便局に行った以外は家にこもっていた。明日からの授業の準備なんかするはずなくて、ソファに横なって日本の文庫本を読みながらいつの間にか眠って、また目覚めたら読み始めるということを繰り返していた。これは私にとって、かなり贅沢な時間だ。そんなことをしていると、ふとここがフィジーだということを忘れてしまいそうになる。

 知り合いに借りた「The Green Mile」と「Roman Holiday」のDVDを昨日と今日にわたって、2回ずつ見た。1回目は英語音声と日本語字幕で、2回目は音声も字幕も英語で。英語を何とか拾おうとすることに気が向いて、映画鑑賞というよりも、英語の勉強みたいになってしまった。フィジー人の英語は、たぶん日本人には聞き取りやすい。けれど、それに慣れた今、例えばアメリカ人のそれがまるで別の言語のように聞こえる。フィジーの人たちはもちろん、それもちゃんと理解できるから、何でー?と思ってしまう。

 フィジーに来て8ヶ月。住んでいればその土地の言葉が自然に身に付くと都合のいいことを考えていたけれど、英語もフィジー語もどっちも中途半端なまま。コツコツ勉強しようと、いつも思うだけ…。帰国する頃には字幕なしで映画が見れるようになりたいなぁ。

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2006年3月 9日 (木)

スポーツデー

3_3  毎週木曜の午後、全校生徒(と言っても30人くらい)で体育のようなことをしている。年齢別に2つのグループに分かれて、それぞれいくつかのプログラムをやっている。

 ラグビーが世界的に強いフィジーの子どもたちは運動能力が高いのかなぁと思いきや、体育教育のようなものがないこともあって、そんなことはなくて、特に持久力や柔軟性はびっくりするくらいない。

 この日、小さい子どもたちのグループは綱引きや、袋に足を入れて跳ぶレース(写真)をしていた。応援する時もみんな一生懸命で、キャーキャー楽しそうにやっていた。ちゃんと子どもらしくて、本当にかわいかった。

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2006年3月 7日 (火)

ココナッツ泥棒

1_27  毎朝、こうやって炎天下の中、子どもたちと30分ほど歩いた後にボールゲームやストレッチをやっている。子どもたちは暑さには慣れているはずなのに、「暑い~、疲れた~」とすぐに言い出す。

2_11   そして、おもむろに道路わきのココナッツを取り始めたりする。自由奔放。「勝手に取っていいの?」「大丈夫!」「でも、誰のココナッツなの?」「みんなの!」 みんな口を揃えてそう言う。1人1個ずつココナッツを抱えて学校に着くや否や、校長が「それ、どうしたの?」と近付いて来た。後ずさりする子どもたち。やっぱりまずいんじゃん。

 そこら中になっているココナッツもバナナもイモ類も、どんなものにもちゃんと所有者がいるらしい。フィジー人が暮らす村の中では子どもたちはお腹が空いた時には「ケレケレ(ちょうだい)」と言って、それらをもらうことができるけれど、その代わりに親たちは必ず作物を育てて助け合わなければならないらしい。校長はそのルールを知っていて、無断でよその村のココナッツを取って来た子どもたちを怒っていたけれど、その数時間後には「のど渇いた~!」と言って、さっきのココナッツを割ってジュースをごくごく飲んでいた。飲み終えて、「もう1つ、持って来て。」と言っていた。何とも…。

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2006年3月 5日 (日)

ワイサレの誕生日

2_10  甥っこの誕生日から3日後、今日はでき愛するワイサレの1歳の誕生日。教会での礼拝から帰って来た彼は、ブラシャツにスル(巻きスカートのようなもの)という正装を初めてしていた。本人は何のことだかさっぱりだろうけれど、めちゃくちゃかわいかった!

 彼の誕生日だというのにお母さんは用事でお出掛け、お姉ちゃんたち2人も親戚の家にお泊りに行っているということで、誕生日会は一週間延期らしい。何ともおおらか。ワイサレ、元気に大きく育ってねぇ。

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2006年3月 3日 (金)

健康診断

1_25  年に一度の健康診断が、うちの学校にも巡回してきた。昨日はお隣の小学校でやっていた。歯科チェックも一緒にやっていて、虫歯は治療せずに抜いてしまうのが一般的なフィジーでは、その場で麻酔をして抜歯されている子がいっぱい。すごい光景だった。

 さて、健康診断と言っても本当に簡単。目をちょっと見て、耳もちょっと覗いて、手足をちらっと見て、騒がしい所で服の上から聴診器を当てて「セット!」(フィジーではOKの代わりに使われる。何でもかんでもセット。) えぇ~、本当にセット?? こんな感じであっという間に済んでしまった健康診断、うちの学校の生徒は全員セットだった。

 ちなみにうちの養護学校では、校長が親が同伴でないと抜歯はさせないと言ったので、歯に関しては、意味があるのかないのか、同じ看護婦がちらっと見ている程度だった。うちのクラスに、大きな虫歯が2本ある女の子がいた。その子は本気で歯磨きチューブで虫歯を覆って、歯科チェックに挑もうとしていた。どれくらいい加減なチェックでも、それくらい見抜けるでしょ…と思いつつも、歯医者が大嫌いな私としても彼女の必死さが分からないでもなかった。遅かれ早かれ抜歯するんだろうけど、とりあえず今日はほっと胸をなで下ろした彼女でした。

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2006年3月 2日 (木)

甥っこの誕生日

5_1 あら、かわいい。私が1歳の誕生日プレゼントに贈った牛のおもちゃに乗っている甥っこ。歩くまであと一息らしいけれど、このおもちゃには一人で乗って楽しめているらしい。あら、かわいい。フィジーからオーダーメイドのシャツも送った。あんまりかわいいので、自分の分もおそろいで作っちゃおうかと思っているくらい。

 1歳といっても、私が実際に彼を抱っこしたりしたのはほんの2,3週間程度。今年中にフィジーにやって来るらしいので、本当に楽しみ。たくさん食べて、元気に育ってねぇ。あら、かわいい。

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