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2006年5月

2006年5月30日 (火)

ついてない日

 3連休明けで、やけにすっきりして学校に向かう。にもかかわらず、朝っぱらからダウン症の男の子になぜか蹴られた。フィジーの養護学校の生徒のほとんどは、普通学校で勉強が遅れた子たち。日本のそれとは随分違っていて、いわゆる障害のある子は少ない。だから、ダウン症のその子は、何かと他の子たちにいじめられたりする。私、せっせと助け舟出してきたのに、何なの、何なの。同僚が「彼は今、満潮みたいね。」と言っていた。まぁ、誰だって調子が悪い時があるか。

 1日があっという間に過ぎて、帰宅すると、大家さんちのラリータがテラスで待ち受けていた。「断水よ。」と、今日はいつになく余裕の表情で断水の報告。この人、シャワーが済んでたから、こんなに落ち着いているんだ、と意地悪にも推測。だって、断水くらいでこの国を出て行きたい!ってギャーギャー騒ぐ人なんだもの。今日は代わりに私が、「うそー、こんなに汗だくなのに。今すぐシャワー浴びたい!」と騒いでみた。「たぶん、今夜中出ないわよ。」とすかさず返され、言わなきゃよかった、と後悔。しかし、彼女の予言通り、いつになっても復旧せずに、バケツとペットボトルに溜めておいた水でちまちま行水。断水になったのはかなり久し振りだったけれど、まぁ不便なこと。

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2006年5月29日 (月)

どっちも船

 今日はRatu Sukunaという、フィジーの初代大統領のおじに当たるお偉いさんを記念する祝日。首都スバの街の真ん中にあるスクナ・パークが彼の名前に由来することすら知らなかった私に、先週、校長がイギリスから独立する時に活躍した人だとか、いろいろ教えてくれた。

 本を読んだり、英語の勉強をちょっとやってみたりして、1日のんびり過ごす。そして夕方、海辺を1時間ほど散歩。いろんな国からお金持ちと思われる人たちがヨットでサブサブにやって来る。いつも、どうやったらあんな暮らしができるのか、つまり働かずに好きなことだけを優雅にやれるのか、不思議な気持ちでヨットを眺めている。別にああなりたいと思っている訳ではないけれど、時々どこかうらやましかったりはする。

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 ヨットが上品にたたずんでいるすぐ近くで、おっちゃんたちが竹でボートを作っていた。世の中の縮図を垣間見たような気分。こういう時、妙にフィジーへの愛着を感じる。地元の人たちは、ヨットでやって来る白人たちをどう思っているのかなぁ? バンブーボートにランプを乗せて、夕方からよく魚釣りに行っているらしいミリというおばちゃんが今度、私も一緒に連れて行くと約束してくれた。かなり楽しみにしている。

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2006年5月28日 (日)

申し分なし

2_22 申し分なく、今日のワイサレも最高にかわいかった。歌ってみたり、踊ってみたり、馬の鳴き声のまねをしてみたり、いろいろと芸を増やしております。

 今日の昼ごはんは魚とオタ(山菜のようなもの)のココナッツ煮、鶏肉とじゃがいもとマギーヌードルのスープ、それにブレッドフルーツ。あんまりおいしくて、唸りながら食べる。ワイサレは食事中ももちろん関係なく、あっちこっちに歩いて回って忙しい。フィジー人が暮らす村での一般的な家は高床式で、ワイサレはいっつも高い階段から落っこちそうで危ない。アサエリ(お父さん)が食べている間だけ、と言ってドアを閉めた。そして、「ドアを閉めるのは、良くないことなんだよ。」と私に言う。村を歩いていると、そう言えばどの家もドアを開けっぱなしにしていて、側を通ると、「Gunu ti !(お茶、飲んでって)」とか、「Vakasigalevu !(ごはん、食べてって)」と家の中から声が掛かる。エレノア(お母さん)も確かに、いつもそうやって通りかかる人みんなに声を掛けている。これこそ、何でも分け合う、というフィジーの“ケレケレ”の文化。ドアを閉めることは、自分たちが持っているものを分けたくない、というふうに受け取られるらしい。エレノアが「フィジー人は顔を上げて、キョロキョロしながらごはん食べなきゃいけないんだから、忙しいのよ。」と言って、大笑いしていた。観光で来ているんだったら、いい話だなぁと感動するのかもしれないけれど、フィジー滞在も長くなった今、ケレケレも大変だなぁ、とちょっと重たくなってしまう。

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2006年5月27日 (土)

インド料理教室

1_42 学校のインド人タイピストの家で、チャッティニと呼ばれる、えっと、何と説明したらいいんだろう…カレーを食べる時の薬味のようなものの作り方を教えてもらった。インド人は食事の度にカレーとこのチャッティニとご飯(またはロティという、薄くてもちもちしたパンのようなもの)をこれでもかっていうくらいに右手で混ぜて、こねて口に運ぶ。以前、学校にお客さんが来た時に彼女がカレーを作って持って来た。残りを分けてもらって食べて、あんまりおいしかったから、すぐに作り方を教えて、とお願いしたのだった。

 材料はホールトマトの缶詰(または生のトマト)、玉ねぎ、にんにく、生姜、唐辛子、カレーリーフ、香菜、塩、油、そして6種類のスパイス。最初に塩を加えてつぶしたにんにくと唐辛子を炒めるのだけれど、彼女が「小さじ2」と表現した油の量は、軽くその10倍はありそうなくらい、たっぷりだった。作り方はそんなに難しくないけれど、何と言ってもスパイスの加減が決め手のようだった。彼女と一緒に作ったものは容器に入れてもらって、今うちの冷蔵庫の中にある。カレーをいつも食べる訳ではないので、ただご飯に混ぜたり、パンに乗せたりしてチビチビ食べている。それにしても、うまい! 近いうちにスパイスを買い揃えて、また作ってみようと思う。

 料理教室の後、お昼ごはんまで食べさせてもらった。もちろん、カレー。彼女とおしゃべりしながら食べていたら、雨が降り出した。今朝、シーツを洗濯して干していたので、慌てて「急いでこれ食べたら、帰るね。」と言ってみたものの、「すぐに止むから大丈夫。お代わりして食べて!」との誘惑にあっさり負けて、魚とポテトのカレーをお腹一杯になるまで堪能させてもらったのでした。彼女がうちの学校のタイピストになったのは、ほんの2ヶ月前のこと。それまでは学校のスタッフは私以外はフィジー人ばっかりで、普段の会話は言うまでもなく全てフィジー語、会議も途中で英語からフィジー語に切り替わったりして、疎外感を感じることがよくあった。だけど、インド人の彼女が加わったお陰で、学校で英語が耳に入ってくる機会が随分増えた。そんなこともあって彼女は少数派仲間として、すっかり心強い存在なのです。

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2006年5月26日 (金)

友達だって

月曜日、ルシとビニタはマングースを見ました。

火曜日、2人はヤモリを見ました。

水曜日、2人はムカデを見ました。

木曜日、2人はヘビを見ました。

金曜日、2人はクモを見ました。

土曜日、2人はハチを見ました。

日曜日、2人はお互いの顔を見ました。

2_21  同僚が選んで、英語の時間にみんなで読んだ「友達」というタイトルの本。渋い絵付き。何だ、これ。どんな友達なん? 女の子2人で、ハイビスカスを見たりはしないのね。しかも、この本はフィジーの教育省が出している本らしい。訳が分からなすぎて、おもしろい。曜日と同じように、「マングース! ヤモリ! ムカデ!」なんて大きな声で練習している同僚と子どもたちも、失礼だけれどおもしろくて、そしてかわいかった。

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2006年5月25日 (木)

一押し

 昨日16時頃、サブサブ空港でAir Fijiの飛行機が強風にあおられて着陸を失敗して、フェンスに突っ込むという事故があった。幸いにも10人の乗客のうち、2人が軽い怪我をしただけだったけれど、月1回くらいAir Fijiに乗る私はおっかなくてしょうがなかった。

 そのニュースが学校でも話題になった。すでに帰宅していたタイピストはわざわざ空港まで見物に行ったらしく、かなり自慢げにそこで得た情報を語っていた。しかも、それが新聞の情報と違っていると言って、強気に新聞を疑っていた。その自信はどこからくるのか、半ば感心しながら、私は「あ、そう。」とうなずくだけだった。午前中に家庭訪問したとこのお父さんも同じように見物に行ったらしく、同じように自慢げに語っていた。夫婦で笑いながら話すので、何がおもしろいんだか、と思ってしまう。こういう事故や災難を自分に置き換えて考えられないんだろうか? 同期の友達がローカルが映画を見ていて、人が殺されるシーンで笑うことに怒っていたけれど、何だかつながるものがあるなぁと思った。

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 学校の帰りに2週間振りにワイサレに会った。今日はおじいちゃんと一緒だった。「おいで。」って手を差し出したら、ニコニコしながらやって来るし、私が目をぎゅっとつぶって、ぱっと開けるとけらけら笑って、まねしようとするし、かわいくてしょうがない。歩くとピッピッと鳴るサンダルを履いて、よちよち歩き回って、これまたかわいくてしょうがない。何しても、かわいい。

 ボランティア仲間の中で、にわかにワイサレファンが増えている。そのことをエレノア(お母さん)に話したら、「いつでもうちに連れて来なさい! 一緒にごはん食べて、ゆっくりしたらいいわよ。」と嬉しそうだった。私自身、サブサブを訪れる人たちにお薦めするのは、海でも、黒真珠でもなく、何と言ってもワイサレです!!

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2006年5月24日 (水)

英語の先生になる

 新学期が始まってまだ3日。急にクラス再編があったりして、午前中は低学年のクラスで同僚のお手伝い。そして何と、2年生の英語を教える羽目になってしまった。内容はすごく簡単だけれど、それを英語があまり分からない生徒にフィジー語を織り交ぜながら教えなきゃいけないので、しどろもどろ。教室の後ろ半分で3年生の英語を教えている同僚に時々、助けを求める。私みたいないい加減な英語しか話せない外国人が、英語を教えるなんて…2年生のみんな、ごめんなさいね。

 そんなこんなでどっと疲れて、とぼとぼ歩いて帰る。郵便局に寄って私書箱を開けたら、日本からの手紙が届いていた。日本からの手紙は、何よりも嬉しい。さっきまでの疲れを忘れて、家までの上り坂を急いだ。差出人は、前の職場で担任していた重い障害をもったK君のお母さん。「日本は、只今緑が目に映え、新緑の美しい季節です。自然は四季折々に移ろいを与えてくれ、感謝です。」こんな書き出しに、気持ちがほっとした。そして、日本の四季がちょっと恋しくなった。K君のお母さんのように、そういうことをちゃんとありがたく思える豊かな人になりたいなぁと思った。

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2006年5月21日 (日)

体内時計

 昨日、1週間振りにサブサブに帰って来た。移動ばっかりしていたので、さすがに疲れが溜まっていた。今日は寝れるだけ寝ようと思っていたのに、6時半にさっくり目覚めてしまった。ちょっと損した気分。

 今日は雨が降ったり、やんだりして、ひんやりしていた。ワイサレに会いたくもあったけれど、溜まった洗濯物を片付けて、掃除をして、ソファに寝転がって好きなだけ本を読んで過ごした。

 明日から、2学期が始まる。始まってしまう、という心境。おもしろいくらいに、気合いが入らない。あー、どうしよう。

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2006年5月19日 (金)

幻のレイヤーカット

 今日は首都スバで1日中会議。オフィスはいつも通りエアコンが効き過ぎていて、冷え性だった時のように指先が冷~たくなって、腹が立つ。

 スバに来た時はいつも同期Uちゃんちで、まるで自分ちのようにくつろがせてもらっているけれど、今回はその地域が断水中ということで、本当に久し振りに私が所属する組織のドミトリーに泊まった。プール付きのなかなかの豪邸。

 そこで、同期Aちゃんに髪を切ってもらった。正確に言うと、手直しをしてもらった。先週、サブサブのとある美容院でフィジアンのおかまちゃんに、実に10ヶ月間伸ばしっぱなしだった髪を切ってもらった。ところが、ところが。彼の“レイヤーを入れる”技術とは、髪を段々にパッツン、パッツンと切ることだったらしく、大変悲惨なことになってしまった。その仕上がりはヤサワの旅でも、大いにバカにされたり、同情されたりしたのでした。あんまり笑われたので、軽くへこんでいたけれど、Aちゃんのお陰でセット! Aちゃん、ありがとうございます。

 今日の新聞に今回の総選挙の結果が載っていた。予定より1日早く開票が終わり、フィジー系の与党が勝って、不謹慎にも期待していたような混乱はなさそうだ。無所属で立候補していた私のフィジアンのお父さんは、残念ながら落選。こんな時に英語で何て言ったらいいのか、さっぱり分からず、連絡もできないまま。今頃、どうしているかな?

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2006年5月17日 (水)

砂丘を行く

6_2 昨日からシンガトカに住む、同期Gちゃんちにお世話になっている。彼女は農業全般の調査や研究をしている機関でボランティアをしていて、その敷地内で牧歌的な景色を見下ろす高台に家があった(写真中央のでっかいアンテナが立っている家の左半分が彼女の家)。この環境からあんまり想像できないけれど、最近、彼女は盗難被害にあっている。確かに裏口は外からでも開けられそうな造りだし、私が借りたベッドルームの網戸も外から開けられそう。私にそう指摘された彼女がとことこ外に出て行って試したら、ポーンと簡単に開いてしまった…。しかも、踏み台になりそうな壊れた椅子まで転がっていた。Gちゃん、あからさまに鉄格子なんか付けて、重装備にしちゃえ。

 午後からタウンに出る。マーケットが大きくて、パン屋さんがいくつもあることが、私にはとても羨ましかった。今日はフィジーで唯一の砂丘に行くぞ!と朝から決めて、Gちゃんに砂丘って英語で何て言うか確かめたりしたのに、天気がぐずついていたし、1人で砂丘ねぇ…と迷いながら、バス停をうろうろしていたら、ボランティア仲間のSさんとHさんにばったり会った。しかも、偶然これから砂丘に行くというので、合流する。

7_2  大通りに面した受付に着くはずが、乗る時に砂丘で降ろして、と頼んでおいたバスの運転手が「ここで降りな」風にルームミラー越しにアイコンタクトした場所は、大通りからかなり入り込んだところで、いきなり高い砂山がいきり立っていた。ローカルの子どもたちに案内されて、急斜面を登って行くと向こう側に荒れた海がドーンと広がった。何となく、日本海に似ていた。砂丘は思っていた以上にスケールが大きくて、半ば遭難したような気分になりながら、大通りにたどり着くまで、1時間半裸足で砂の上を歩いたのでした。白い粒と黒い粒が混ざった珍しい砂が風に吹かれてできた波のような形が、ヤサワで見た海底のそれとそっくりで、不思議な気がした。 

 ライライ活動、優勢か?と意気揚々とGちゃんちに帰ったものの、彼女が作ってくれた切干大根の和え物でぐいぐいビールを飲み、インスタントでないお味噌汁や豆腐、そして傑作“牛味噌”と共にご飯をお代わりして食べてしまった。いつになったら、活動は本格化するんだろう?

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2006年5月16日 (火)

ヤサワ・ワヤ島 3日目

 朝ごはんを食べて、ブレに戻ると昨日マッサージをしてくれたおばちゃんの姿。「9時半に掃除に来るから。」と、今日は掃除係らしい。やっぱり、というか、どうりでちょっと適当なマッサージだったんだなぁという気がしてしまった。

10  10時にチェックアウトして、さて、高速船がやって来るまで5時間半、何しようか。泳ぐためにはまとめたバックパックからあれこれ荷物を出さなきゃいけないのが面倒で、とりあえずトランポリンをやってみる。とてもシンプルな遊び?なのに、どういう訳か笑いが止まらなくなった。自分がやっても、人がやってるのを見るのも妙におかしくてたまらない。そして、意外と体力を使った。

 そして、やっぱり泳いだ。今日はこの3日間で1番波が穏やかで、ほんのちょっと泳ぐだけでレオ・レオニのスイミーの世界だった。その見飽きない、きれいな世界を海に浮かんでずーっと眺めていたら、大きな魚が来た時に小さな魚が一斉にさんご礁の隙間に入り込んで隠れ、しばらくしてまた一斉に出て来る、という光景に出くわした。あ、これがさんごの役割の1つなんだなぁ、と妙に納得したけれど、今何かと話題の環境問題でさんご礁の保護が叫ばれるのは何でだろうか? だいたい、さんご礁って何?と今更ながら考えてしまった。いろいろなことを目にしているようで、知らないことばっかりだなぁ。

9_1  もうすぐ任期を終えて帰国する人が企画した、この11人でのヤサワの旅。想像以上に大満足。楽しませてもらった粒揃いのみなさんに感謝です。また、ヤサワ諸島の別の島にも必ず行こうっと。高速船の中でUちゃんとあれこれしゃべり続けた2時間半も、いい時間でした。旅の締めくくりは、ナンディの日本料理店・大黒。いやはや、贅沢三昧でした。

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2006年5月15日 (月)

ヤサワ・ワヤ島 2日目

3_10 いい天気だけれど、今日も風が強くて波が高い。朝ごはんをお腹いっぱいに食べて、早速泳ぎに行くというUちゃんを「元気だねぇ。」と横目で見送り、波の音を聞きながら2度寝。あっという間に昼ごはんの時間。私が寝ている間にカヤックで遊んでいた数人がさんご礁に打ち上げられて怪我をしてしまっていた。なかなか大変だったはずなのに、昼ごはんの時にはすっかりネタになっていた。食後はココナッツオイルをベタベタに塗られて、全身マッサージ(F$30、2100円)。気持ちいいんだか、いつまでもベタベタして気持ち悪いんだか、微妙なところ。

4_4  Iさんのこだわり、Hさんの職人技、そしてGちゃんの崩しっぷりに大笑いしながら、ジェンガを2時間もやった後、日が暮れるまでシュノーケリング。今日の夕焼けはそれはそれは、きれいだった。夜、海辺でみんな集まって飲んでいたら、「もう12時半だぞ! 静かにしろ!」と白人のおっちゃんに怒られる。それからはひそひそ話し、笑い声もできるだけ抑えていたにもかかわらず、同じおっちゃんに「1時20分だぞ! いい加減にしろ!」とまた怒られて、あえなく解散。

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2006年5月14日 (日)

ヤサワ・ワヤ島 1日目

2_19 Yasawa Flyerという高速船に乗って、フィジーで1番海がきれいだと言われるヤサワ諸島へ。このおっちゃんがキャプテン。ちなみに、運転中。ちょっと不安、だけどおもしろい。2時間半でワヤ島、オクトパス・リゾートに到着。波が高くて、海は期待していたほどきれいではなかったけれど、リゾートそのものには大満足。前回、ナナヌイラでハードな体験をしただけに、ブレ(2枚目の写真)の中が丁寧に掃除してあって、至るところにハイビスカスが飾ってあったり、ちゃんとお湯シャワーが出たり、いちいち“リゾートらしさ”を感じてしまった。

 昼ごはんの後、Aちゃんのi Potを借りて、久し振りに民生の曲を聴きながら、ごろごろする。♪イージュー・ライダーの歌詞そのままの、何もなくて誰もいないところを、その曲を大音量で聴きながら、気ままにドライブしていた頃をふっと思い出して、あの時大事にしていたことや憂うつだったことなんか、しばし物思いにふける。

5_4  プールで泳いだり、海でシュノーケリングやったり、ライライメンバーであるGちゃんと白くてさらさらの砂浜を歩いて運動した気分になったり、晩ごはんってこれだけ?とぼやいたりして、リゾートでの1日はのんびりと過ぎていったのでした。

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2006年5月13日 (土)

お上りさん

 朝のフライトでナンディに飛んだ。ナンディ国際空港に来るのは、フィジーに降り立った時以来の10ヶ月振り。ピカピカのフロア、おしゃれなカフェ、きれいに整えられたお土産店、本屋さんまで…私はたちまちお上りさんと化してきょろきょろ、興奮してしまった。迎えに来てくれた同期Gちゃんに「ゆっくり見なよ。」となだめられる。10ヶ月前はこれが国際空港? 長崎空港より小さいね、と小ばかにしていたけれど、感覚がすっかりおかしなことになっている。1年2ヵ月後、成田空港でどんな衝撃を受けることになるんだろうか。

1_38  Gちゃんとおしゃれなナンディタウン散策。日本人観光客が多いので、怪しげな日本語の看板あり、うさん臭い日本語を話すローカル店員あり。ごはんを食べて、立て続けにフィジー1おいしいと噂のケーキ屋さんに行ってチーズケーキを食べる。ケーキの味よりも、コーヒーに付いてきたミルクがちゃんと温めてあったことに、フィジーでこんな心遣い!と2人でちょっと感動したのでした。

 さて、満腹も満腹。Gちゃんと私は何を隠そう、同期の中でフィジーに来て太ったトップに君臨している。まずいなぁ、という自覚はある。そこで、ライライ委員会を立ち上げて2ヵ月後に減量の成果を確かめ合おうということになった(lailaiとはフィジー語で、“小さい”の意)。体重計なんてないので、成果の如何は自己申告制という、なんともゆる~いもの。その最初の活動として、食べ物の話ばっかりしながら、タウンから同期Iちゃんちまで1時間ほど歩いて帰った。初日から張り切り過ぎた感あり。

 Iちゃんちはその中にいれば、ここがフィジーだと完璧に忘れられるグレードを誇っていて、全自動洗濯機、テレビ、DVD、電子レンジ、何でも備え付け。ちなみに、我が家にはどれもなし。Iちゃん、もう1度言わせてもらいます、ひどい! 明日からのヤサワ旅行のために今日はIちゃんちに11人でお泊り。

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2006年5月10日 (水)

川を渡って投票へ

11  学校が休みの間は、せめて新聞(70セント、50円)を毎日買って、英語の勉強を兼ねて読むようにしている。だけど、記事のほとんどが今やっている総選挙のことばっかりで、あんまりおもしろくない。

 この国では選挙権のある人が投票しなかった場合、罰金か、それを払わなかったら刑務所送りになってしまうらしい。フィジーらしからぬ厳しさ。それで、一面の写真のように必死になって投票に行くらしい。それなのに、投票所に行ってみたら名簿に名前がなくて投票できない人がわんさかいたり、初日には投票用紙の到着が遅れたために3時間待ち、なんてこともあったようで、国を挙げての大イベントであってもやっぱりいい加減だなぁと思ってしまう。

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2006年5月 9日 (火)

気に入ってくれたのね

 外はまだ暗い5時半。何かの気配で目覚めると、ティマとブリが私が寝ているソファの向かいにあるソファに座って、あの人、早く起きないかなぁってな感じでガムを噛みながらこっちを見ていた。何が何でも早すぎないかい? 起き上がると、おはようの前にお腹すいたと言われる。私にもうちょっと寝させて、と絶対に言わせないような勢い。はい、はい。甘~いミルクティーとパンをあげましょ。

 今日は来客があるので、彼女たちは朝食の後に帰って行ったのでした。ぐったりしている私と対照的に、2人は「次は2泊していい?」なんて、無邪気に尋ねてくる。もう来たくないって言われるより、いいか。ん、いいか?

 今日はフィジー各地で先生としてボランティアしている5人が、ボートで11時間の長旅をしてサブサブにやってきた。フィジーには35人くらいのボランティアがいるけれど、そのほとんどが首都のあるビチレブ島に集中しているので、そこから遠く離れたバヌアレブ島のサブサブという小さな町で1人細々とやっている私にとって、他のボランティアと交流する機会はとっても貴重である。ちなみに、バヌアレブ島には私の他に、サブサブからバスで3時間かかるランバサという町にもう1人ボランティアがいるだけ。

4_3  お昼ごはんの後、3週間前にできたばかりの評判のいい美容院があるとの情報を得て、そこに2人がパーマをかけに行くと言い出した。旅行中にパーマ? しかも、こんな田舎町で? とにかく、みんなでそこに付いて行く。お店の中はおかまちゃん美容師ばっかり。美容師におかまちゃんが多いのは、どういう訳なんだろ?

 2人がパーマをかけている間に、他の3人と我が家でシナモンティーを飲みつつ、おしゃべり。そう言えば、フィジー滞在10ヶ月にしてボランティア仲間がうちにやって来たのは、初めてのことだった。小高い所にある我が家のテラスからのサブサブ湾の眺めをみんながすごい! きれい!と絶賛するので、何だか鼻高々。

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2006年5月 8日 (月)

お泊り客

 今日はワイサレのお姉ちゃん、ティマ(10歳)とブリ(8歳)が私の家に泊まりに来た。いつもお世話になっているし、この休みの2週間、何の予定もないと言うので、昨日、約束したのだけれど、来るのは午後だろうと思ってのんびりしていたら、8時半にお父さんから「今、出たから。よろしく。」と電話があって、焦ってしまった。

3_9  お昼、2人のリクエストでCaptain's cafeという海辺のカフェにピザを食べに行く。フィジーでは“貧乏なボランティア”として、おごってもらうことばっかりだけれど、おごったのは初めてだったかもしれない。3人でも食べ切れなかったでっかいピザ、22フィジードル(1500円)。ブリは残りのピザを数えては持って帰って、おやつにしようと何回も言ってくる。こういう時だけ、英語を流暢に話すんだから。それなのに、自分のお皿にあるピザはサラミだけ食べて、赤ピーマンが嫌いだと言って残していた。「赤ピーマンをどかして、お食べ。食べ物を粗末にしちゃ、いかんよ。」と言っても、お腹いっぱいだと頑なに食べない。そんなことしたら、もう連れて来ないよ、とは言わなかったけれど、残ったピザと一緒に、ブリが残したピザもパックに入れてもらって持ち帰り、おやつの時に彼女にちゃんとそれを食べさせた。8歳相手に、私も頑なな大人だ。

 彼女たちにしたら、ちょっとした異文化体験なんだろうか。いつものように昼寝をすることもなく、彼女たち一家6人が暮らす家の2~3倍の広さはある私の家の中もテラスも、そして裏庭も裸足で駆け回っていた。外に裸足で出て、そのまま入って来たら家の中が汚れるでしょ、なーんてことは、村でいつもそうしている彼女たちに話が通じるはずもなくて、床の汚れにげんなりしてしまう。折り紙の後はジブリのアニメ、ごはん(マトンカレーを作ろうと思ったら、コンビーフにしてくれと言われてしまった…。)、そしてまたジブリ。そうして、ようやく21時。ベッドに2人を寝せて、私はソファに丸くなって寝る。やれやれ。子どもの面倒を見るって、こんなに大変だったっけ?

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2006年5月 7日 (日)

フィジー流子育て

1_37 毎週、毎週ワイサレんちへ。彼は歩くのがすっかり上手になりました。その分、目も離せないはずなのに、家族もDVDの映画を見るためにやって来た親戚も、映画に夢中になって外に出ようとするワイサレのことなんか、お構いなし。その堂々たる放任ときたら、すごい。いつもどうしてるんだろう?と余計な心配までしてしまう。こういう環境で、ここの子どもたちはどんどんたくましく、豪快になっていくんだろうか。アメリカ英語は聞き取れないし、ワイサレは気になるしで、ちっとも映画に集中できない私は、ここぞとばかりにワイサレを独占して遊んでいたのでした。

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2006年5月 6日 (土)

マトン缶が好き

 今日から総選挙が始まった。けれど、これまでも選挙カーが走るわけでもなく、街頭演説があるわけでもなく、ポスターが並べて貼られるわけでもなく、今日も至っていつもと同じようにサブサブは静かだった。

 夕方、ラリータがカレーをあげるから取りにおいでと、すぐ下の家から声を掛けてきた。時々、こうやってカレーやダルという豆のスープを分けてくれる。大家さんちの料理はおいしくて、私はいつもニコニコしながらもらいに行く。今日はマトン(羊)とじゃがいものカレーだった。マトン、久し振り!

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 フィジーに来た当初、インド人家庭にホームスティした時に食べさせてもらったマトンのカレー(写真)にえらく感動した私は、スティ先でのいい思い出も重なって、マトン缶が大好きになった。ビールのつまみに留まらず、朝からパンに挟んで食べるようにさえなって、「朝からマトンって…。」と、同期から随分おかしな人だと思われていたらしい。でも、どういう訳かサブサブに引っ越してからはぱったり食べなくなっていた。でも、今日のカレーを食べて「やっぱり、マトン好きだなぁ。」と確信してしまった。マトン熱、再燃か?

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2006年5月 5日 (金)

父であります

 一日中、雨がしとしと降って肌寒い。フィジーでも最近ようやく、朝晩は涼しくなってきた。

 今日はフィジーではYouth's Day、日本ではこどもの日。1歳2ヶ月になる甥っ子の節句のお祝いをにぎやかにやっているだろうと思って、実家に電話をかけた。母が出て、まずは昨日の津波のことを尋ねてきた。昨日の早朝、お隣のトンガ王国で大きな地震があって、フィジーやニュージーランドにも津波警報が出された。私が起きた6時にはそれも解除されていて、何事もなかったけれど、そのことが日本でもニュースになっていたということに、むしろ驚かされた。友達や親戚が心配してメールをくれたというのに(ありがとうございました)、うちの親はのん気なもんだ、と思っていたけれど、一応電話してくれたらしい。それが私が学校に行っている時間だったので、つながらなかったけれど、電話回線が無事なのできっと大したことなかったのだろうと大胆な判断を下したらしい。それって、どうなの?? 酔った父が後ろで「はよ(早く)、代わらんか!」と騒ぐ中、母は動じずに、私の町の伝統行事を取材に来ていたNHKが、ついでに甥っ子の節句の様子も撮ってくれて、近々放送されると嬉しそうに話していた。

 そして、父の番。職人の父は普段は無口なのに、酔ったらしゃべりまくってかなり厄介だ。母が話した同じことをもう一度繰り返す。そして、はるばる兵庫からお祝いに来てくれたおじ、おばにも電話を回したが、その間も父はずっと、「(電話代がかかるから)はよ、切らんか。」「はよ、(自分に)代わらんか。」と矛盾することを言い続けていた。おじなんて、「元気か? じゃあ。」と大笑いしながら、ようやく言っただけだった。そして、また父。「津波は大丈夫やったか?」「さっきも話したやろ!」「あぁ、そうか。駿(甥)はねぇ、NHKがずーっと撮ってくれてねぇ。」「聞いた、聞いた。」「あ、津波は何もなかったってね。そうか。じゃぁ、元気で頑張れ。」と。

 現在、57歳。もうそろそろ、おとなしくなってくれてもいいかと思うけれど、海に潜りに行くわ、自分の名前を付けた公園を作るわ、飲んで騒ぐわ…ほどほどにしないと、孫に嫌われますよ。

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2006年5月 4日 (木)

懲りる

 1月23日に始まった1学期が今日で終わった。学期の初めと終わりの日は生徒は休みで、先生だけやって来てささっと掃除をして、だらだらとした会議がいつの間にか、ただのおしゃべりになっていて、お昼には「Have a nice school holiday !」と言い合って、帰って来た。これから2週間の休み。バンザ~イ!

 夜、大家さんのママ、ラリータ、そしてニュージーランドから里帰り中の長女アニータに誘われて、近所であった婚約式に行く。一張羅のサルワカミーズを着たものの、インド人の結婚式の長さと意味の分からなさを以前体験したことのある私は、あんまり乗り気がしなかった。その点、ラリータ・アニータ姉妹は「私たちも結婚式は退屈だけど、ただでご飯を食べに行くだけよ。」と言い切っていた。

 案内通り、19時にその家に行ったけれど、私たちが最初に来たらしかった。蚊に刺されながら、ブロックに板を乗せただけの硬い長いすに座って待つこと30分、ぼちぼち人が集まってようやくお祈りが始まった。お祈りに専念しているのは当事者と家族くらいで、みんなおしゃべりをしたり、遅れてやってきた人のサリーを上から下までじろじろ見て、褒めたり、けなしたりしていた。どんどん帰りたくなる。

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 一通りの儀式が終わって、甘いお菓子と甘い紅茶が振る舞われた。いつもなら、その直後に順番にテーブルに着いて食事をするはずなのに、一向に始まらない。もう21時過ぎ。痺れを切らしたラリータ・アニータは怒って帰って行った。私も疲れたから帰ると言ったけれど、ママと一緒に食事して帰っておいでと言われ、残された。

 食事をするテーブルは20人くらいが1列に座る細長いもの。言ってみれば、椅子取りゲームのように、空いた席の取り合いみたいで落ち着かない。お友達とのおしゃべりに高じるママを待っていたら、やっとその席に着いたのは22時頃だった。食いしん坊の私がもうカレーなんていらんよ、と思うくらい心身共に疲れて、眠かった。英語が分からないママ(推定65歳)と、ヒンズー語が分からない私は、私たちの共通語であるフィジー語で話しながら食事をして、疲れたね、今日のは長かったね、とお互いに労いながら帰って来たのでした。明日から同じ家で、3日間に渡って結婚式があって、大家さんにまた誘われているけれど、理由を正直に言って断るもんね。もう行かないもんね。

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2006年5月 3日 (水)

朝の景色

3_7  学校のすぐ隣りにあるサブサブ湾の眺め。朝、生徒が登校する前にここをちょっと眺めに行くのが私は大好きだ。

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2006年5月 1日 (月)

一応、仕事もしてます

1_35 今日は図工で、母の日のカード作りをした。色画用紙に折り紙で作った花を貼って、思い思いにメッセージや絵を書き込んでもらった。全5クラスを巡回して、週1回ずつ時間をもらっている図工は、フィジーでも手に入る材料と道具を使って、それぞれのレベルに応じたもので、かつ1人でも多くの子が楽しめるアイディアを考えるのが本当に大変で、活動のメインであるはずの作業学習の授業よりも、準備にはるかに時間がかかっている。今回のは、いまいちだったなぁと反省することが多いけれど、今日のカード作りはお母さんを喜ばせようと、みんないつになく熱中して力作を完成させたのでした。

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