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2006年7月 2日 (日)

インド人との休日

 朝8時、うちの学校のタイピスト、シャレッシニ宅を訪ねる。彼女はヤンゴナのお店を営む姉一家と一緒に住んでいる。来客があってごちそうをするから一緒にどうぞ、と誘ってくれた。そして、インド料理の作り方を教えてあげるから、8時においでと指定された。あなたを待っていて遅くなった、なんて言われたら困るので、きっちり8時に行ったら、みんな起き抜けの様子…8時に来いって言ったじゃん。30分や1時間くらい遅れてちょうどいいのだと分かっているし、待たされることにうんざりすることばっかりなのに、いつもこういう具合になってしまう。しばらくして甘い紅茶をもらってから、朝からチキンカレー、そしてポテトとなすのカレーをがっつりいただく。おいしくて、うなる。最近はインド人と同じように手でよく混ぜて食べる、この方法がカレーをよりおいしく食べるために欠かせないように思えてきた。最初こそ、カレーを混ぜまくるインド人を見て、混ぜすぎでしょ、なんて小ばかにしていたけれど。

 日曜にもかかわらず、張り切って早起きしたのにシャレッシニもお姉さんも掃除や洗濯をやっていて、なかなか料理が始まらず、シャレッシニの姪のラジェッシ9歳とトランプに高じること2時間、何のためにこんなに早く呼び出されたんだろうか? 

1_7  11時を回る頃にようやく料理が始まって、ダルという豆のスープ、ジャックフルーツカレー、チキンカレー、トマトチャッティニ、プリ(ロティの小さい晩を油で揚げたもの)が次々と作られるのを、かじりつくように見ていた。チキンカレーを作るのに、生きた鶏を絞めた。うちの実家では私がまだ7、8歳の頃まで鶏を飼っていて、餅つきや何かのお祝いで親戚が集まると、その鶏を絞めてすき焼きのように甘辛く煮て食べていた。私は卵ができる前の黄身だけが連なったものが大好物で、父がそれを1番によそってくれたことなんか、よく覚えている。だけど鶏が首から血を流して海辺に横たわっているのとか、火にあぶられて羽根をむしられるのとかを見るのは苦手だったし、子どもながらに友達に我が家のこういう風景を見られたら嫌だなぁ、なんて思ったりもしていた。そして、今日も相変わらず首から血を流して目を閉じた鶏にぞっとしてしまった。生きものの命をもらって食べて、生きているというのは正しくこういう営みなのに、本当に情けない。そのくせ、締めたばっかりの鶏はやっぱりおいしい、何て思ってしまうので、いよいよ情けなかった。

 お昼ごはんの前後はインド映画を見た。派手な衣装、大げさで鳥肌の立つような演技、歌って踊るインド映画はどれも同じにしか見えないけれど、シャレッシニが傍らで熱心に解説をしてくれるので、頑張って見たけれど、やっぱり不思議なエンターテイメントには変わりなかった。帰る、となかなか言い出せずに、やっとのことで4時過ぎに脱出。現地人との交流もそれなりに楽しいのだけれど、お腹いっぱいの感も否めないなぁ。

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