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2006年8月

2006年8月31日 (木)

Nさんは偉い

 有志のボランティアが手掛けた図工のアイディア集がやっと完成した。教育省と私が所属するボランティア団体が主催する養護学校の先生たちを対象にした研修で、その本の紹介を兼ねて模擬授業をするために、昨日、サブサブからバスで3時間のところにあるランバサにやって来た。今回は養護学校のベテラン教師でもあるボランティアとのチーム・ティーチングなので、心強いことこの上なし。午前中に打合せをして、14時半の出番を待っていた。ところが、ところが。10時半から12時までのコマを担当したフィジー系女性が何と14時近くまでしゃべりまくってくれたのだ。この研修を取り仕切っている、ボランティア団体の職員Nさんが教室から出て来て、痺れを切らしている私たちに向かって、「困るんだよねぇ。だけど、聞いている側もそんなに飽きたふうでもないし、すごいよなぁ、この人たち。」と苦笑いをした。

3_20 昼ごはんのすぐ後のコマを翌日に延期して、ようやく出番が回ってきて、リサイクル紙での箱、それとフォト・フレームを作った。みんなちょっと不器用で、特にいろいろな形のパスタでフレームを飾るのに思いの外時間がかかって、このコマも30分の延長。そして、お茶を飲んで終了かと思いきや、ランバサ養護学校ご自慢のボートを見せ付けたい校長が、急きょボートの旅を強行。なぜか私も2便目に乗せられて、しばし川からランバサの町を見物。明らかに、やりすぎ。最終のバスでサブサブに帰る予定だったけれど、それを逃してしまった。そんなこんなで何もかもがずれ込んで18時半予定の夕食がセットされたのも21時前。みんな、ちゃんと腕時計をしているのに、全く見ちゃいない。Nさんは教育省特殊教育セクションのトップと共にフィジー各地を回って、こんなローカルに振り回されっぱなしの4日間の研修を1人で取り仕切っているのだ。尊敬してしまう。

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2006年8月28日 (月)

サブサブ自慢

 少し離れただけでサブサブはやっぱりいいなぁという思いが募ったようで、家でのんびりするのがもったいないような気がした。それで、うちからバスで3時間も離れたカナカナ村に住むイリという知り合い(小学校の女性校長)宅を訪ねようと試みた。電話して、予定があるので1泊だけと伝えたら、「そんなの短すぎて、よろしくない。」と思いがけない返事をされた。たまたま手伝いに行ったワークショップで1度会っただけの私が、また会いに行きたいと思っていることを彼女はすごく喜んで、そして待ってくれている分、1泊くらいじゃ向かいの島に行ったり、海で釣りをしたりして楽しめないでしょ、と。そこまで言われて、延期することにしたけれど、ちょっと残念。

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 遠出を諦めて、バスで15分くらいの海に文庫本とパンを持って出掛けた。砂浜を散歩したり、ヤシの木陰に座って本を読んだり、ぼんやり海を眺めたりして、海からの風が冷たくなった頃に帰って来た。贅沢させてもらっております。

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2006年8月27日 (日)

ついにクラッシュか

 首都スバでの忙しかった日々が過ぎて、今日はサブサブに帰る日。同期Uちゃんちでゆっくり寝て、他愛もない話をしながら、ごはんを食べさせてもらってから空港へ。今回もタベウニ島経由で1時間半のフライトで、天気が良かったのであちこちできれいな海を見下ろすことができた。 5_7

  掘っ建て小屋と海側に伸びた細い滑走路しかないサブサブ空港に他の飛行機があったので、その離陸をサブサブ湾を旋回しながら待った。この半年はボランティア会の役員をしていて、月1くらいで飛行機に乗ってスバに行っていたけれど、その任期が終わったので、しばらくこの眺めはお預けだなぁと思っているうちに着陸態勢に入った。機体は私が座っていた左側に大きく傾いたまま、どんどん高度を下げて、掘っ建て小屋が同じ高さで視界に入った時もまだかなりのスピードで、思わずこぶしを握り締めて「えぇ…」と力なく声が出て、一瞬のうちにそれはもういろんなことが頭をよぎったのだった。何とかバランスをとって着陸したけれど、機体はすごいスピードのままで、急ブレーキがかけられた。機内のシートは至極質素な造りなので、客がいないシートの背もたれは一斉にパタンと倒れて、恐怖感を煽ってくれた。怖かったの、何のって。ついに飛行機事故に巻き込まれたと、諦め入ったもんね。あー、怖かった。

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2006年8月26日 (土)

炊飯器いただき

 半年に1度、フィジーにいるボランティア全員が集まる会議のオプションのレクリエーションで、今回はスバ郊外のロッジに行って、泥んこになってバレーボールをして、そして昼間からビールを飲んだ。平均年齢30近い団体が、森の中のコートで小雨が降る中、熱心に遊べるなんて、なかなかいい。今回は企画側だったので、雨になって参ったなぁ、と思っていたけれど、どうやらここに集まった人たちはどんな時でも物事を楽しむ能力が長けているようで、そのことに密かに感心しつつ、楽しませてもらった。

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 夜はボランティア・コーディネーターWさんの送別会。昼間のバレーボールのチームでそれぞれ料理を作ったのだけれど、いつになく豪華版だった。Wさんの置き土産争奪じゃんけん大会は大騒ぎになった。こういうので勝った例がなかった私が、1回戦で炊飯器獲得。あっさり勝ってしまい、びっくり、びっくり。Wさんは担当ではなかったけれど、同郷ということもあって何かとお世話になった。誰からも慕われたWさんとその家族が帰国するのは残念だけれど、また会いたいと思える人が増えたことは、幸せだと思う。長崎でうまい魚を食べながら、また飲むのが楽しみだなぁ。

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2006年8月25日 (金)

おそろいで中間報告会

2_31 ボランティア活動の中間報告会のために、同期でおそろいの服を仕立てた。こっちの人たちは職場などでイベントの時におそろいを着る。フィジー語でkalavataという、それに私たちも従った訳です。明らかに気合いを入れるポイントがおかしな感じだけれど、それでよいのです。昨夜、同期Uちゃんとプレゼンごっこをしようと言っていたのに、あっさり寝てしまった…。続々と人が集まって来て、トップバッターの私は吐いてしまいそうなくらい緊張してしまった。たった20分ほどのプレゼンはパワーポイントのお陰でそれらしくなり、何とか無事に終了。あとは同期のプレゼンを余裕の表情でふむふむと聞く。それぞれにどんなことをしているのか、意外と知らないものでとてもおもしろかったし、みんな、よくやってるんだなぁと感心した。嫌だ、嫌だと思っていたプレゼンも、やっぱりこれまでのことを振り返って、後半の活動をちゃんと考えるいい機会だったし、人前でしゃべること自体もいい経験になったと思う。それにしても、1年経つのはあっという間だったなぁ。同期のみんな、お疲れさん。

3_19  夜はごほうびに韓国料理を食べに行った。開放感に浸って飲むビールは格別。アジアのごはんは本当にうまくて、偉い!! Tさんが注文した牛肉のスープが絶品で、我が物のように食べてしまった。あれはつくづくおいしかった。おいしすぎて興奮して、1口ごとに変なことを言っていたような気がする。Tさん、ごめんなさい。

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2006年8月23日 (水)

まずはオヤコドン

 ほぼ満席の小さなセスナ機(定員17人)で、首都スバにやって来た。開催中の大きなイベントのために、いつにも増してごった返している。いろいろと用事を済ませて、スバ滞在中に必ず食べようと思っているものの1つを目指して、薄暗くて小汚い中華屋さんに行ったら、店内に空手の先生、Yさん発見。「こんな所に1人で来るんだぁ!」と驚かれ、「いやいや、躊躇していたけどYさん、見つけたから。」などと慌てて言い訳をする。炒めた鶏肉、玉ねぎ、ニンジンを卵でとじてご飯に乗せてある“オヤコドン”と呼ばれるその料理は、親子丼とちょっと違うような気もするけれど、いつも通りおいしかった。

 スバではいつも同期Uちゃんちにお世話になっているけれど、今回は私が所属するボランティア団体のドミトリーに泊まった。赴任して半年も経つ人たちの中にも初めて会う人がいて、ぎこちなく自己紹介をしたり、久し振りに日本人に囲まれてどぎまぎしてソファの上に正座なんかしてしまった。

 日本大使館の職員Oさんが夕食に招いてくれた。奥さんの野菜たっぷりの料理とワイン、本当においしかったなぁ。ずっと前にドミトリーでの新ボランティア歓迎会で、酔って踊りまくるOさんの印象が強烈だったけれど、意外と普通の人かもしれない、と今日は思った。偶然この南の島で出会った日本人とこうやって交流する機会があるスバは、いいなぁとちょっと思った。

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2006年8月22日 (火)

ジュースの勧め

 午前中に中間報告のプレゼンの準備を何とか終えて、晴れ晴れした気持ちでタウンに向かって歩いていたら、小さなお店の前に座り込んでジュースを飲んでいたインド系2人組みのおっちゃんに「Come! Juice!」とにこやかに声を掛けられた。1人はつい今、ラッパ飲みしたジュースのボトルを差し出して、もう1人はこれもあるよ、ってな感じでスナックの袋をつまみ上げて見せた。えー、何で? もらうはずないやろ。でも2人はいやらしい感じでも、からかっている感じでもなくて、フィジー系が誰にでも「Gunu ti.(お茶、飲んでって)」とか「Kana.(食べてって)」ととりあえず声を掛けるのと似ていて、インド系のそれは新しい!と妙におかしくなった。「どうも、どうも。」と通り過ぎてから、どんどんおかしくなって、怪しいくらいに1人でにやにやしてしまった。

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2006年8月21日 (月)

ターム休みに突入

 今日から2週間の休み。だけど、近くの村で折り紙を教えることになっていたので、いつもと同じように早起きした。ヌクという知り合いに頼まれた通り9時にコミュニティ・ホールに着くと、讃美歌の大合唱中。てっきり子ども会か何かと思っていたら、思いっきり宗教イベントだった。私に気付いたヌクがやって来て、他の主催者たちを紹介された。「みんな、あなたがやって来たのを見て、何時においでって言ったの?って聞くから、9時って答えたらみんな笑い出しちゃってね。」「え? 本当は何時から?」「あなたの出番は11時半。でも、あの子は子どもが大好きだから、大丈夫って言っといたよ。」…うそーー、何て無責任で前向きな発想。間違いなく2時間半は待たなければいけないことを知った私のテンションは急降下し、ちょっとした打合せをした後は、お腹が出っ張ったおっさんの説教やら讃美歌なんかをぼんやりと聞き流していた。この国の人たちは待つことも、誰かを待たせることも、一向にお構いなし…また無駄にイライラしてしまう。

1_57 やっと順番が回ってきた。小学校低学年の子どもたちと、お母さんたちや村人などの飛び入り参加があって、結構な人数になった。6種類の見本の中から子どもたちが選んだのは、“風船”。すぐに投げ出して私に折ってもらおうとする子たちに、何度も説明して自分でやるように根気強く仕向けていたら、色とりどりの風船が出来上がった時には1時間近く経っていた。せっかくの機会だったのに1つしか作れずに残念だったけど、楽しんでもらったようです。

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2006年8月20日 (日)

カビカに病み付き

 毎週日曜はすっかり、ワイサレ成長記。今日も満面の笑みで駆け寄ってきて、抱き上げたら何度もハグしてくれた。エレノアが「他の誰にも、そんなことしないよ。」と言って我が子を見つめる眼差しが何とも温かくて、優しくて、ワイサレにすてきなお母さんに産んでもらってよかったね、と言ってあげたくなった。

2_30 お昼ごはんの後に、エレノアが庭に“カビカ”というフルーツがいっぱいなっているよ、と言うので、ワイサレを抱っこして外に出た。確かに、小さい緑色の実がぎっしりなっていた。ちゃんと熟すと赤くなるらしい。1つもいでかじってみたら、酸味ばっかりが強調されたリンゴのような味で、まだおいしいとは言えない代物。ワイサレがちょうだい、と手を出してきたのでかじらせてみたら、酸っぱかったようでブルッとかわいく震えていた。3_181口でやめるかと思いきや、どうやら気に入ったようで1つ食べ終わっても、またカビカの木を指差して催促する。「もう1つ?」と尋ねると、「ばぁ~。」と答えた。1口かじってブルッと震え、ケラケラと笑ってまたかじって、また震える。食べる前にちょっとだけ躊躇しているようでもあるけれど、どうにもやめられない様子。ワイサレはどうやら不思議なものに病み付きになってしまったようだった。

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2006年8月19日 (土)

レブレブ(太る)への道

 朝からマーケットに行く途中で、インド人の知り合い宅に寄った。ある雨の降る夜に、彼らの家を訪ねる途中で滑って転んでしまい、11歳のゲティカの服を貸してもらったので、洗濯したそれを返しに行った。その日はジョイス(お母さん)の誕生日会で、ゲティカ(プロレスラーになりたい運動嫌いの少女)のぶかぶかの服を着せられた私は、ちょっと居心地が悪かった。

 服を返すだけのつもりだったけれど、当然のように朝ごはんのテーブルに一緒に着かされる。パンに豆のトマト煮を挟んだもの、ゆで卵、甘~い紅茶。筋トレのし過ぎで首が回らなくなった、警察官のウメッシュ(お父さん)に日本の湿布を渡したら、喜んで「学校が休みの間、朝ごはんも昼ごはんも晩ごはんもここで食べなさいね。」と言っていた。巨体ばかりのこの一家と2週間食生活を共にしたら、どんなことになるんだろうか…考えただけで恐ろしい。曲りなりにも私はライライ(痩せる)委員会の会長だしね、Gちゃん。正直にお腹一杯だと言っただけで、ジョイスに「あなたは何をそんなに食べることを恐れているの?」と軽く切れられるというのに。

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2006年8月18日 (金)

2学期終了

1_55 2学期、最後の日。各学期の最初と最後の日は生徒はやって来ない。昨日もすることがなくて職員会議を済ませたので、今日はいよいよすることがない。同僚たちは全員、30分から2時間の遅刻をしてきて、それからDVDをずっと見ていた。本当はすべきことはいくらだってあるんだろうけれど、同僚たちのこのモチベーションの低さ、自分の仕事に対する誇りのなさには、がっかりさせられる。もうこんなことは珍しくないけれど、今週はずっとこんな調子なので、いい加減にげんなりしてしまった私は黙々と来週折り紙のワークショップをするのでその準備をしたり、中間報告のプレゼンのことをぼんやり考えたりしていた。

 そして、打上げの食事会。1品ずつ持ち寄ることになっていて、私は朝からおにぎりを20個作った。ごはんを食べながら、同僚たちは2本目の映画に釘付け。お腹も一杯になったし、それが終わったら帰ろうと思っていたら、事もあろうに3本目に突入…そして、ヤンゴナも登場。帰るに帰れずにだるいなぁと思っていたら、いいタイミングで停電になったので、ここぞとばかりに切り上げてきた。きっと同僚たちはまったりとヤンゴナを飲み、お昼の残りで晩ごはんも済ませて帰ったんだろうなぁ。さて、この2週間の休みは何かと忙しくなりそうです。

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2006年8月17日 (木)

正夢になりませんように

 嫌な夢で目覚めた。フィジーでのボランティア活動の中間報告会を来週、首都スバにあるボランティア団体のオフィスで行う。夢の中でのその日、何の準備もしていなかった私は、同期のみんなに「ごめん、先にやって。」と頭を下げて、次から次に順番を代わってもらいながら(実際に私は1番目の予定)、会場の片隅で慌てて準備をしようとするけれど、焦って何も手がつかない、というもの。参ったなぁ、本当に。

 それで、今日もほとんど生徒が来ずにすることがなかったので、その準備を2時間ほどやった。時々、今朝の悪夢を思い出して、無性に焦りながら…。教室を共有している校長は新聞を読みながら、「忙しそうねぇ。」と一言。中南米にいる同期は現地語(スペイン語)で発表しなければならなかったらしい。私なんて、フィジー語はもちろん、英語でも自信ないけれど、すごいなぁ。今から妙に緊張するけれど、母国語でいいんだから落ち着かなきゃなぁ。

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2006年8月16日 (水)

日本の涼セット

 大学時代の友達Mからの贈り物が届いた。緑茶ティーバッグ、かき氷の絵の手ぬぐい、スイカの絵のうちわ、花火の柄の便箋。すばらしき、日本の涼セット。日本のものって、どれもこれもきれいだなぁ、と飽きずにしばらく眺める。今頃、甲子園で高校球児が青春の汗を流しているんだろうなぁ。昨日、実家では精霊流しをやったんだろうなぁ。花火を見ながら、ビールでも飲みたいなぁ。一方、南半球にあるフィジーは今、涼しい時期で鳥肌を立てて水シャワーを浴びている。EMSは1週間で着くけれど、久し振りに、日本とフィジーは遠いなぁ、と思った。

 M、どうもありがとうね。うれしいよ!!

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2006年8月15日 (火)

ウルルン的家庭訪問

2_29 相変わらず雨ばっかりで生徒が来ず、予想通りすでにターム休み状態。朝からすることがない先生たちは「Hidden Pictures」(ウォーリーを探せ、みたいな本…かなり古いですねぇ)という本に群がって、わいわいやっていた。3ページで飽きたみたいだけど。

 3週間前の学校経営組織との会議で決まった、この学校始まって以来の家庭訪問のことを当日になるまで、みんな忘れていた。すごい。今朝になって各家庭に手紙を出したタイピストがふと思い出して、校長が慌てて運営組織に連絡したけれど、向こうも見事に忘れていた。やっぱりね。3時に来るはずの車2台もやっぱり遅れて、4時半に出発。私も校長と同じグループで3つの村を回った。3_16 1つ目の村はメイン道路から道なき道を進むこと10分、私の中で世界ウルルン滞在記のテーマソングが流れていた。高い山に囲まれたこじんまりとした村で、ひんやりしていた。本当に何もない。この村にアメリカ人ボランティアがホームスティしていると聞いて、びっくりした。こんなジャングルの中での生活は、どんなものなんだろうか? 1_54 家の回りに何でもないように、豚が野放しで飼われていた。カメラのフラッシュに反応して親豚がこっちに向かって来て、びっくりした私は尻もちをつきそうになった。

 さて、家庭訪問はやはりヤンゴナを渡すお決まりの儀式(長い挨拶とお返しの挨拶)に始まって、校長が学校での子どもの様子を話し、出されたバナナやパパイヤを食べ、また切り上げる時に長い挨拶とお返しの挨拶、とこれだけのことに、何と1時間から1時間半もかかってしまう。100%フィジー語なので、私は半分も理解できずに、蚊に刺されながら黙って座っていた。こうやってたった3軒(うち1軒は3家庭合同)を回っただけで、21時半になってしまった。付いて行っただけでぐったりしたけれど、これまで行ったことのなかった奥地の村に行ったり、子どもたちの生活の様子を見れて、よかった。そして、帰宅した時に見上げた満天の星空がとてもきれいだった。

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2006年8月13日 (日)

雨ばっかりの週末

 エレノアが「これ、どう思う?」と言って“Water Experiment”とタイトルが大きく書かれたプリントを差し出してきた。以前、校長にも聞いたことがあったけれど、とにかく水をたくさん飲んで体調を良くする、というのが流行っているようで、エレノアは毎朝、起き抜けに大きなマグカップ4杯の水を飲んでいるらしい。そう言えば、高校時代に水を1日3リットル飲んで痩せるんだ!と張り切っていた友達がいたなぁ。そのプリントの最初には“Japanese Sickness Association”(実在するのかな?)が発表したものだと書いてあった。起きてすぐにコップ4杯の水を飲んで45分以上何も口にしない。これを3度の食前に繰り返すだけで高血圧は1ヶ月で治ってしまうし、ガンだって6ヶ月で治るらしい。むむむ。最後に注意事項として適度な運動、十分な休息、栄養バランスのとれた食事を心掛ける、そして神をひたすら信じないさい、と。何でこうなる? しかし、初めの3つをそれなりにできれば、この国の人だって、こんなにでかくならないんだろうけれど。何てったって、だいたいの人がモーニングティーとアフタヌーンティーを含めて、1日5回たんまり食べるし、同期Uちゃんの職場には1杯の紅茶に大さじ6杯の砂糖を入れて飲んでしまう人がいるような国だからなぁ。

3_14 ワイサレはお昼ごはんのすぐ後に眠ってしまい、いつものように遊べなくて残念。しかし、寝顔もまたかわいい。昨日からずっと、雨がしとしと降り続いている。洗濯物は乾かないし、水道水は濁るしで、気分まですっきりしない。こんな天気じゃ、今週は2学期最後の週だし、勝手に休みに突入してしまう子たちがいっぱいいそうだなぁ。

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2006年8月11日 (金)

正しいお茶の時間

 何と、今日も授業が一切なかった。同僚たちは口を揃えて「だるくて、何も教えられない。」と言って、1つの教室の生徒を集めてDVDを見せていた。まぁ、こんなことにも慣れてきたけれど。あまりにも退屈で同僚たちのおしゃべりを聞きながら、ソファでうとうとしていたら、校長がやって来て「眠いの? 私の携帯、着信音が鳴らないんだけど、ちょっと見てくれる?」と起こされた。今日、何のために学校来たんだ?

2_28  放課後、同僚のアレビナ(元々ちゅるちゅるした髪に更にパーマをかけている)がうちにやって来て、一緒にお茶を飲んだ。この写真がフィジーのお茶スタイル。日本の食パンの2倍以上はあるホールミールパンを2人でペロッと食べ切ってしまった。バターをたっぷり付けて。焼き立てだったので、いい具合にバターが溶けて誠においしかったのです。

 しばらく休んでから、学校の資金集めイベントをするダンス・クラブ?へ。5フィジードル(350円)のチケットを買ってもらって、飲んで踊り狂ってもらおうという企画。チケットを200枚用意した時点で、同僚たちは「これで1000ドルね。」とほくほくした顔で取らぬ狸の皮算用をしていたけれど、実際に会場を借りるのに300ドルも掛かっているのに、私が受付けにいた22時頃までで、まだ200ドルくらいしか集まっていなかった。その後、どうなったんだろうか? 資金集めの方法として、こういうのやカードゲームはよくあるらしい。だけど、何だか釈然としないやり方だなぁとあれこれ考えていたら、日本の政治家も全く同じ事をやっているんだ、とふと思った。

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2006年8月10日 (木)

ケビンのトランポリン

 スポーツ大会の疲れがどっと残って、重たい体のまま学校に行く。先生たちもぐったりしていて、生徒も半分くらいしかやって来なかった。片付けをやった後は、暗黙の了解で授業なんか一切なくて、1日だらだらと過ごした。

 午後、サブサブでリゾートを経営しているケビンという人がやって来て、学校にトランポリンを寄付してくれた。リゾートの経営者はたいていオーストラリアやニュージーランド出身で、現地人には想像もつかないような大金持ちばかり。リゾート周辺の子どもたち全員の学費(専門学校、大学生も含めて)を払っている、なんて経営者もサブサブには実際にいる。フィジーは観光地でも儲かっているのはよそ者で、現地の人たちはそんなに潤っていない、というのがちょっと問題だったりするらしい。

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 前もって作っていたフェンスの中にトランポリンが組み立てられるのを子どもたち、そして近所の人たちが興奮気味に眺めていた。出来上がったそれは、子どもたちが飛び出さないようにネット付き。囲いの中のネット付きトランポリン…何だか物々しい雰囲気。ケビンが目隠しして指差した男の子がトップバッターで、それから小さい子から順に飛んだり跳ねたりした。みんなトランポリンで遊ぶのは初めてのようで、おっかなびっくり、だけど楽しくてしょうがない様子だった。

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2006年8月 9日 (水)

ビッグ・イーター

2_20 昨日、今日とバヌアレブ島にある養護学校2校でスポーツ大会を行った。ランバサからのバスが途中で壊れて3時間以上到着が遅れたことに始まり、雨に濡れて震えながら1時間もレクチャーを受けたり、プログラムに“トロフィー授与”と書いているのにトロフィーを準備していないことに直前になって気付いて、代用品として大きなジョッキを買いに走ったり、食事を運ぶはずの車が他のお客さんを乗せてどこかに行ってしまったり…案の定、すったもんだの1日だった。

 うちの学校にはグラウンドがないので、徒歩15分ほどのラグビー場を借りたのだけれど、学校で準備したお茶、おやつ、昼ごはん、食器等を運ぶのが大仕事だった。ここでは10時頃、お茶(甘いミルクティー)を飲んで、一休みする。そして、パンやらクラッカーやら何かしら必ず食べる。スポーツ大会でもそれは欠かせないようで、競技を中断してフルーツサラダ(パパイヤ、バナナ、パイン等のフルーツを細かく切って混ぜ合わせ、牛乳をかけたもの)、ツナサンドウィッチ、ジュースを会場にいるゲスト、生徒、家族、先生全員(100人以上)に振る舞った。昼ごはんもまた同じ。大会の予算の相当分を食費が占めていて、それが何も問題にならないどころか、むしろ当然だというのが、いかにもフィジーらしいと言うか。今朝7時、パン屋さんから注文していたパンを運ぶのが私の係だった。その数、実にホットドック・バン200個、ホールミールの長い食パン7斤、ロングローフ2ダース! 大量のパンを載せたタクシーの中は、とても幸せな匂いが充満していた。ちなみに、このパンは今日1日で見事に消費されました。

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2006年8月 7日 (月)

どうにかなる

1_52 今朝一番の仕事は遊具のペンキ塗り。私は黄色担当で、塗り終わった他の色の上にペンキを落として怒られ、そして自分の腕や髪にもペンキがいっぱい付けてしまった。だけど、冗談ばっかり言いながら、楽しい作業だった。こっちの人たちは仕上がりなんか気にせずに、素人が何でもやってしまう。あんまり物を大切に扱わないので、すぐダメになってしまうことが多いけれど、何てことない様子。このいい加減さが時には楽でよかったり、時にはどうしようもないな、と腹立たしかったりする。

 明日からスポーツ大会で、うちの学校はホストなのにそんな緊迫感のかけらもなく、1日至ってのんびりと、何となく準備をした。これでもきっと、どうにかなるんだろうなぁ。

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2006年8月 6日 (日)

Kana vakalevu!(たくさんお食べ)

3_6 今日ももちろんワイサレんちへ。彼はすっかり私のことを認識してくれているらしい。「Dua(1)」「ばぁ~。」「Rua(2)」「ばぁ~。」「Tolu(3)」「ばぁ~。」「Va(4)」「ばぁ~。」「Vinaka ! Lima.(Good ! 5)」「ばぁ~。」なんてやり取りの間も楽しくてしょうがないように笑って、かわいすぎる。

4_10  今日はアサエリ(お父さん)のお兄さん宅で何かしらお祝いのごちそうだということで、同じ村にあるその家に料理を抱えて移動。大勢の子どもたちと並んで、あぐらをかいて座り、あっちからもこっちからも「Kana vakalevu.」と言われ続けるままに手づかみでもりもり食べる。いやぁ、おいしいなぁ。子どもたちの後にお母さんたちの番。本当によく食べて、よくしゃべる。いかにもおいしそうで、幸せそう。大きめの彼女たちにとって不健康な食習慣でも、思わず好きなだけお食べよ、と言ってあげたくなるくらい幸せそうなのだ。

 長らく音沙汰がなかった実家から、誕生日おめでとう、と電話がかかってきた。国際協力ボランティアをすると言ったらもの凄い勢いで反対していたのに、出て行ってしまうと、よくもまぁ、と言うくらい放ったらかしで、その徹底振りときたらそれはそれですごいと思うほど。私だって還暦に近付いてきた親をそれなりに心配しているのですよ。

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2006年8月 5日 (土)

29

 フィジーで迎える2回目の誕生日。去年はこっちに来たばっかりで、同期8人でドミトリーに住んで現地語の訓練などを受けている時だったので、それはそれは盛大なシークレット・パーティをしてもらった。今日、お昼近くに同期UちゃんとIちゃんが電話でバースデー・ソングを歌ってくれた。「遅れてごめんね。」と謝られ、何だろうと思っていたら、2人はどうやら1日勘違いしていたらしい。結果的にセット。

5_6 夜、親しくしているインド人一族(4世帯14人)が誕生日会をしてくれた。いつも遊びに行くのはそのうちの1世帯3人家族で、今夜もその3人が祝ってくれるとばかり思って出掛けたら、大掛かりなことになっていて驚いてしまった。インド流のパーティではバースデー・ソング(1番:Happy birthday to you~、2番:Happy long life to you~)の後に、主役の年の数だけ拍手をする。私の年をみんなが大きな声でカウントしながら手を叩く。改めて29回も手を叩いていたら、そりゃあ苦笑もするわ。どんな願いが込められているのか知らないけれど、もう十分です、と言いたくなった。続いてローソクを吹き消して、1人ケーキ入刀。何だかな。自分で小さく切り分けて、1人1人が前に出て来て私にケーキを食べさせる。色とりどりのトッピングが乗った甘いケーキを頑張って食べた。残りのケーキをみんなで分けて食べて、しばらくしてから食事、という流れ。この一族の子どもたちの誕生日会には度々呼ばれていて、どんなものか知ってはいたけれど、いざ自分が主役になると、かなりどぎまぎしてしまった。時間をかけて準備してもらったのは、とてもありがたかったのだけれど…。

 今日、お祝いのメッセージを届けてくれたみなさん、ありがとうございました。

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2006年8月 4日 (金)

待ちぼうけ

 今朝、学校の鍵を持っている先生たちが大遅刻して、タイピストと生徒10人くらいと一緒に20分も待ちぼうけ。私もある教室の外側の鍵を与えられているけれど、来週のスポーツ大会にランバサからやって来る生徒たちの寝る場所を確保するために、机をその教室に全て移動させたので、あいにくドアが開かない。始業時間になっても他の5人の先生は姿を現さず、ついに生徒にすぐ近所の校長宅まで鍵を取りに行ってもらった。走って帰って来たその生徒によると、校長はのほほんとシャワーを浴びていたらしい。何てこったい。フィジーに住む2つの民族間の溝は深いので、フィジー人にインド人の愚痴、またその逆も言わないようにしてきたけれど、今日はさすがにインド人タイピストに「みんな(フィジー人の先生たち)、だらしないねぇ。全員が始業前に来ることなんて、ないもんね。」と愚痴ってしまった。

 午前中、サブサブ病院で行われた、母乳で赤ちゃんを育てよう、というキャンペーンのイベントに参加。そのキャンペーンのポスターコンテストにうちの学校が参加していたので、招待されたのだった。病院のスタッフたちは私たちの作品を絶賛して、生徒たちには全員に参加賞のような賞状をくれたけれど、実はほぼ100%先生たちの手によるものだなんて、知らないんだろうな。しかも、作品の1つが賞をもらって、サブサブ-首都スバ間のボートの往復ペアチケット(ファーストクラス)の副賞付き。さて、誰が使うんだろう?

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2006年8月 2日 (水)

qawaさん見て、見て

1_51 近所に住むこのインド人一家は何かと日本に縁があって、とても親日的。以前、彼らの持ち家に住んでいた日本人ボランティア、qawaさんがこのブログにコメントを寄せてくれたことを話したら、とても喜んで、ぜひ写真をアップしてくれ、と言われた。写真を撮りに行ったついでに相当久し振りのヤンゴナを飲み、そして夕食も食べさせてもらった。チキンカレーとマトンカレー。ここのカレーは私がフィジーで食べたカレーの中で最高レベルの辛さを誇っていて、もう味も何も分からないまま、汗を噴出しつつ食べた。

 フィジーに住んで1年を過ぎた私に、お父さんが「フィジーはどうだい?」とちょっとしかめた顔で尋ねてきた。だいたいインド人がこう切り出す時は、政権を握っているフィジー人がいかにダメか不満を言う時で、今日もやっぱりそうだった。「どんなに働いたって給料が安いからワインを買う余裕がなくて、こうやって毎晩ヤンゴナを飲んでいるんだ。ニュージーランドではフィジーの4分の1の値段でワインが買えるのに。何もかも、政府が悪い。」と怒っている。インド人は一概によく働くけれど、小さなお金にもこだわり過ぎる感が否めない、と私は常々思っている。この家庭だって裕福な方で、ワインくらい買えるんだろうけれど。フィジー人の文句に流れがちな話題を、日本のことに向けるのに必死だった。

 qawaさん、見てくれているのでしょうか? パラタップ一家はみなさん、お元気です。(パラタップさんのお母さんは今年1月に97歳で亡くなりました。)この日、おばあちゃんはqawaさんが贈った黄色い靴下を履いてましたよ。フィジーにはいつ遊びに来るんだい? その時はもちろん、うちに泊まるんだよ! とのことです。

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2006年8月 1日 (火)

丸投げ失敗

 フィジー北部地区の養護学校スポーツ大会が来週に迫って、久し振りにホスト役を仰せつかったうちの学校は、そわそわしている。だけど、同僚たちは忙しい、忙しい、と言っているだけで全然動かないし、授業をつぶして行われる話合いはいつの間にか雑談に摩り替わっていたりして何も進まず、いい加減に本腰を入れないとまずいんじゃないかい?と本気で心配になる。

 先週、この大会を主催するフィジー障害者スポーツ協会から送られてきたプログラムはすごいボリュームで、怠け者の同僚たちとその準備をするのかと考えただけで、ぐったりしてしまった。そして、その内容を知った休暇中の校長が協会にホストを変更してくれないか、と無茶苦茶なことを直接言いに行ったらしいけれど、こんなに押し迫ってからそんなことが受け入れられるはずもなく、あえなく丸投げ失敗。全く期待をしていなかった訳ではないけれど、このところ何かと丸投げで事を済ませがちな校長の言動に反感を抱いていたので、これでいいんだ!と大きく頷いたのだった。まぁ、いずれにしても彼女は何もせずにおっさんのようにドーンと座っているだけなのは、目に見えているけれど。

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