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2006年9月

2006年9月30日 (土)

雨、雨、雨

 それにしても今週はよく雨が降る。ずっとではないけれど、1日のどこかで必ず土砂降りになる。そして、雨が続くと水道水が濁るので、学校帰りにミネラル・ウォーターを買いに行くのが日課になっている。

1_63 雨が小降りになるのを見計らって、土曜日にしか売っていないクレソンを買うためにマーケットに行った。最近、クレソンをだし汁としょうがでさっと煮ただけのスープがとても気に入っている。朝晩食べ続けても食べきるのに3,4日はかかるバナナの葉に包まれた大量のクレソン、たったの2ドル(140円)。冷蔵庫の1段を独占されて困るけれど、それしかないのでしょうがない。クレソンは大学時代に友達とよく行ったオムレツ屋さん(何って名前だったかな…?)でオムレツの上に1枝だけ乗っていたり、日本では上品なイメージだったけれど、ここではもりもり食べることができるのです。写真はマーケットの外でダロ芋を売っているおっちゃん。

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2006年9月27日 (水)

飛んだり跳ねたり

3_23 何だかんだで中断していた体育を久し振りにやった。今日は2クラス合同。情操教育はほとんどなく、ひたすら机に着いて勉強している彼らにとっては限られた道具を使って、ゴム跳びをしたり、空き缶を並べてジグザグに走ったり、空き缶を取り替えながらリレーをするだけでも楽しくてしょうがないらしく、自分の番を待つ間もずっと飛んだり跳ねたりしている様子はとてもかわいらしかった。リレーなんてこっちがもういいでしょ、と思うくらいに何巡もやっていた。楽しんでくれて、何よりです。

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2006年9月26日 (火)

ミシン修理職人

 昨日、帰り道で偶然会ったミシンの修理をするインド系のおっちゃんが学校に来た。2代前のボランティアが置いていったミシンが壊れたまま埃を被っていたので、それを修理してもらうようにお願いしていたのだ。修理を始めると彼はミシン用のオイルはあるか、糸くれ、布くれ、と当然のように言ってくる。それも商売道具だろうに、何なのさ、と思いつつ応じていたけれど、もっと大きい布がほしいという彼の要求に校長がある生徒に指示して台所からエプロンを持って来させ、また彼も何の躊躇もなくそれを試し縫いに使い出したのを見て、私はどうでもいいや、と思わざるを得なかった。

2_37 同僚が持ち込んだシンガーのミシンはおばあちゃんの代から使っているものらしく、かなり味がある。右側にあるハンドルを回しながら、左手で布を送るなんて、私にはとてもできない。ミシンに限らず、シンプルな道具を器用に使いこなしていた昔の人たちはかっこいいなぁ、と思った。

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2006年9月23日 (土)

ヨガでへろへろ

 朝7時半、昨夜からお世話になっている同期Uちゃんちの電話が鳴った。近所に住むボランティアKさんからヨガ教室のお誘いだった。出発まで30分もなく、まだ眠くてぼんやりしていたらUちゃんに「行くでしょ?」といわれ、同居人Kピーがあ、うんの呼吸で運動着を持って来て、半ば強制的に連れて行かれた。日本から買ってきた本を見て、自分でも時々やっているゆるいヨガを想像していたら、朝一でやるにはとてもハードで足やら腕やら腹筋やらがとにかくぷるぷるなって、1時間程のプログラムが終わった時にはへろへろになっていた。いつも空手で鍛えているUちゃんと学校で体育、水泳を教えているサーファーKさんは帰り道もまだまだ余力があって、水溜りを踏んで私たちにしぶきをかけた車に石を投げつけようとしたり、次の敵に備えて棒を振り回したり、それはそれは勢いがあって、びっくりしたような、うらやましいような、そんな感じだった。私なんてシャワーを浴びる時にすでに筋肉痛で休み休み髪や体を洗わざるを得なかった、というのに。情けない。

 夕方は前回とても感動した牛肉のスープを食べるために韓国料理店に行った。そこに集まったスバに住むボランティアたちは、みんなテニスや柔道で汗を流した後だった。怪しげなベトナム産のプーマのスニーカーを買ったことだし、サブサブに帰ったらウォーキングなり、ジョギングなりやろうっと。もりもりご飯を食べながらそんなことを考えたのだった。Uちゃんのアレンジのお陰で、楽しい晩さんでした。Uちゃん、ありがとう。

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2006年9月22日 (金)

ワークショップ終了

 午前中、フィジーで障害者ベースライン調査をしている日本人専門家の講義を受けて、午後から私たちが所属するボランティア団体の所長や職員の前で報告会をして、3日間のワークショップ終了。本当は教育省にも報告に行く予定だったけれど、特殊教育セクションのトップが病欠しているとのことでキャンセル。今回の企画を取りまとめたのは私だったので、当然そのまま主な報告者となるはずだったその会を免れて、内心ほっとしたのだった。それにしても、ボランティア活動しているっぽいね、何だか。またボランティアが派遣されていない学校も含めて各地を巡回してワークショップを開きたい。

 報告書やら会計報告やらを片付けてから、薄暗いお店でタピオカ・ココナッツミルク・ジュースを飲んでいた同期Uちゃん、格闘家のKさん、Yさんと合流。他のボランティアが企画したイベントを手伝った帰りでぐったりしている御三方に、常に携帯していた甥っ子の写真など見せ付けて、自己満足。その後、首都スバに来たら行かなければならない、カレーハウスというお店にUちゃんと行ってチキンカレーを堪能した。今回初めて香菜が加えられていて、よりおいしくなっていた! とても幸せなひと時でした。

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2006年9月21日 (木)

ワークショップ 2日目

2_36 今日は私の配属先である、サブサブ養護学校が会場。昨日のランバサ養護学校に比べると生徒も先生も3分の1くらいの人数なので、のんびりしたものだった。今日は図工と作業学習の模擬授業に加えて、昨年、日本で障害児教育・福祉について研修を受けてきた校長にそこで得たこと、それを今、どう活かしているか、ということについてプレゼンをしてもらった。この国の多くの人たちは、新しいものにはすぐ飛びつくけれど、それを継続させることがとても苦手。校長も帰国時の勢いはそれはすごかったし、私もこの学校にいい風を吹き込んでくれるものと大いに期待したけれど、やっぱりそんなにうまくいくはずもなかった。今日のプレゼンをするために、また資料や写真を見返した彼女が、「宝の持ち腐れに気付いた。」と言っていたので、またちょっと期待してみようかな。

 今日は私の模擬授業はなくて、プレゼンや意見交換会の司会などコーディネーター役をしてとても緊張したけれど、いい経験になったし、英語をもっと勉強しなければ!と気合いが入った。

 うちで緑茶を飲んで一休みしてから、今度は飛行機で首都スバに移動。長距離の移動ばっかりで私たちのドミトリーに着いた時にはみんなへろへろで、まとめの作業を黙々とやってから、サラダ・バーガー(初マック!)を食べながらビールを飲んだのだった。今日ばっかりはこれまであんまり構わなかったジジ(猫)に癒されたような気がした。

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2006年9月20日 (水)

ワークショップ 1日目

1_62 養護学校で活動しているボランティア4人で、図工と作業学習の模擬授業を行ってそのスキルを共有したり、各学校の状況を知るためのワークショップを開いた。1日目はフィジーで2番目に大きいバヌアレブ島にあるランバサ養護学校が会場。学校の見学をさせてもらった後に先輩ボランティアが図工の模擬授業を行った。低学年30人くらいが対象だったのに、次から次に集まって来て、先生も含めたら50人くらいでごった返す盛況振りだった。

 休憩で出された溶けかけたアイスを食べた後、私の番。さっきのとは対照的にこじんまりとした女子の作業学習クラスでフィジーの伝統工芸であるボイボイを使ったしおり作りを教えた。外国人がそんな教材を使うのはどこかおかしいようだけれど、このクラスを担当しているのはインド系の女性でフィジーで生まれ育ったのに知らなかったし、そういう人は実際に少なくない。生徒も先生も楽しんで取り組んでくれて、今後作業種目を設定する時に何かのヒントになればと思う。

 午後から先生たちの感想を聞いたり、おぼつかない英語で話し合いをした後、サブサブに移動。バスだと3時間近くかかるところを、ちょうどサブサブに戻るタクシーを見つけて1時間半程で到着。しかも、バスと同じ料金! 運が良かったなぁ、と足取りも軽く予約していたゲストハウスに行ったら、部屋がないと言われた。予約したのは私だったので、「先週、ちゃんと予約しました。あなたは私たちの名前だって控えたでしょ!」と強気に女店主を責めたら、分かったからちょっと待って、と。彼女はそれきり顔を出さず、なぜか向かいのレストランの人の良さそうなおじさんが不機嫌な私たちの対応をしたのだった。やっぱり部屋はなくて、女店主が勝手に予約した他のゲストハウスに行くように言われた。何でこうなるんだか、さっぱり分からないまま、言われたところに行ってみる。しかし、予約されていたのはダブルベッドとシングルベッドが1つずつある狭い1部屋のみ。あとは満室だと。男性1人、女性2人でこれはない。実は昨夜もランバサで映画撮影が行われている関係でどのホテルも満室で、ランバサにいるボランティアとその同僚の家に分かれて泊まらせてもらったのだった。私は家に帰れるからいいけれど、さすがにみんなゆっくりしたいはず。心当たりのあるところに走って行って、何とか無事に1部屋確保できたからよかったけれど、いいことばっかりだったサブサブで、こんな思いをしたのは初めてだった。

 とりあえず落ち着いたところで、明日の打合せをしながら早々にビールを飲んだ。ちゃんとした活動っぽいことをした(気になっている)日に飲むビールはうまいものです。

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2006年9月18日 (月)

さらにパーマ

1_61 同僚のアレビナは元々ちゅるちゅるの髪の毛にパーマをかけている。あんまり違いがないようにも見えるけれど、本人に言わせるとその違いは歴然としているらしい。こっちの女性がよくするように、彼女もいつもペンをこんな風に髪の毛に挿しては、ペンがない、ペンがないと探している。彼女はよくしゃべり、よく食べ、そしてとてもいい加減、というフィジー系の典型のような人だけれど、私のことをよく気にかけてくれてくれるありがたいお方。授業風景を撮る振りして、今日はアレビナの頭を撮ってみました。

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2006年9月17日 (日)

オレンジ色のアイス

 昨夜は家族に送ってもらった日本のテレビを録画したDVDを見て随分夜更かししてしまったけれど、いつも通りの時間にさくっと目覚めた。朝からすっきり晴れていて、シーツとタオルケットを洗濯してからワイサレの家に向かう。

2_35 ワイサレの家には誰もいなくて、どうしたものかと考えていたら隣に住むワイサレのおばさん、キニが教会から帰って来て、すぐ近くにあるエレノアの親戚の家にみんなで行っていると教えてくれた。すぐそこに引き返そうとしたら、父の日のお祝いをするからごちそうを食べてからそこに行けばいいとキニに引き止められた。母の日は日本と同じだけど、フィジーの父の日は9月10日なのです。キニが茹でた魚や野菜にかけて食べるミティというココナッツミルクに塩と刻んだ玉ねぎ、トマト、チリを加えたものを作るのを待って、みんなが集まっている家に行った。フィジーでのごちそうの定番が全てそろっていて、もりもり食べさせてもらった。満腹になってくつろいでいたら、パイにオレンジ色のアイスクリームが乗せられたものが運ばれてきた。むむむ…これはできれば食べたくない代物。満腹なのも嘘ではないのでそう伝えて断ろうとしたら、「何言ってんの、それくらい3口で終わりよ。」とでっかいおばちゃんに返されてしまった。しぶしぶ食べたその味は、オレンジ味でもなく、オレンジ色のアイスとしか形容できないなぁ。男性陣と子どもたちが食べ終わるのを待って食べ出した女性陣の食べっぷりを、半ば感心しながら眺めていた。

3_22  その後、ワイサレ一家がいる親戚の家に移動。首都スバから単身赴任しているエレノアのおじさん(先週、ナボヌから車に乗せてくれた人)のために、父の日のお祝いをしてあげたらしい。エレノアはティマとブリに家の前を通るはずの私を呼び止めるように言いつけて奥で料理をしていたけれど、2人が遊びに夢中だったようで、ごめんなさいね、と謝ってきた。ワイサレとハグしながら、「そんなこと、いいよ。」と返す。この子のかわいさには卑怯だなぁ、とさえ思ってしまう。今日は猫のしっぽをつかんで、おおはしゃぎでした。

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2006年9月14日 (木)

葉っぱは偉い

1_60  来週はLibrary Week(図書週間)ということで、午前中にアシスタントをしているクラスの子どもたちと「Leaves are useful」という本作りをしている。写真はその本の表紙。身近にある植物を知るために、子どもたちに学校の回りにある植物の中で役に立つものを1人1つずつ集めてもらうことから始めた。それぞれが絵を描いて、どんなふうに役立つのか短い文章を加える。集まった葉のほとんどはダロ、キャベツ、ベレなど食べるものだったけれど、マットを編むためのボイボイや、お腹が痛い時に薬草として使われるらしいナスの葉を取ってきた子もいて、なかなかおもしろいものができた。これは同僚アレビナのアイディアでそれはそれですごくよかったのだけれど、何せ今週は午前中の3時間、英語と算数をつぶしてこればっかりやっている。みんなの前で発表をするので、読む練習なども一応やってはいるものの…何かしら行事の前はいつもこんな調子なのです。

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2006年9月11日 (月)

Oilei !!

 朝から洗濯や掃除をしていたら、イリから電話がかかってきた。昨日18時半には家に着いているはずなのに、いつまでたっても連絡がつかなかったから心配してくれていたらしい。優しいなぁ。待ちぼうけしていたナボヌというところでは携帯電話は圏外だったし、家に着いたのもかなり遅かったので電話をしなかった。とりあえず無事だったことにほっとしている様子のイリに、昨日の長い長い道のりを全部話して聞かせた。時々、「Oilei !(あらまぁ~)」と同情したように言っていたけれど、聞き終わって彼女は「大変だったけれど、いい人に会えてよかったじゃない。もう懲りた、なんて言わずに必ずまたおいでよ。」と言ってくれた。タタとジュニアによろしく、と言ったらすぐ側にいたようで2人の威勢のいい「オー!」という声が返ってきた。必ずまた行きます!

 楽しかった週末のお陰ですっきりしているようでも、やっぱり体の芯はずんと重くてしょうがない1日だった。一気に照りだした太陽にちょっとうんざりしてしまった。

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2006年9月10日 (日)

怒涛の長い1日

 ブログに時間を費やしすぎるのはよくない、と最近思うのだけれど、今日のことだけはどれだけ時間がかかってもお伝えしたいのです! 長くなると思います。

2_34  ゆっくり寝させてもらって、朝ごはんの後に折り紙でちょっとしたものを作ってタタとイリにプレゼントしたら、こちらが恐縮するくらい喜んでくれた。今日も親戚の人が集まって、豪華な昼ごはんを準備してくれた。今朝、近所の人がまたタコを差し入れしてくれたらしく、ココナッツで煮たそれをイリが「ほら、大好物でしょ。」と何度も勧めてきた。それから「ここはもうあなたの家でもあるんだから、いつでも来なさいよ。ただし、次は1泊じゃだめだからね。」と言ってくれて、その隣でタタが静かに頷いていて、いい夫婦だなぁと思った。そして、次から次に人が遊びに来るこの家もとても気に入った。

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 昼ごはんの後にタタがココナッツを取って来てくれた。ココナッツのまだ軟らかい実と一緒にジュースを飲みながら、3時半のバスが来るまでおしゃべり。昨日からみんなにフィジー語で話し掛けられていて、自分でも正直驚いたのだけれど、日常会話はだいたいまかなえたのだった。まずはフィジー語を使ってみて、英語で補う、ということを自然にしていた自分にもびっくり。だけど、外国人がフィジー語を話すとものすごく、受けがいい。やっぱり同じ言葉を話す、という行為は互いの距離を縮める大切な要素なのかもしれないなぁ、と思った。

 そして、バスの時間。次はキオア島で魚釣りをして、泳ぐことを約束して、みんなと別れた。のらりくらりとバスが30分走った後、運転手が突然バスを停めて民家に入り込んだまま、10分も戻って来ない。ちょうど日の当たる席で待たされてげんなりしながら、隣のおっちゃんに事情を尋ねたら、ギアの調子が悪いからバス会社に連絡しているんだ、と。1_59 とりあえず、また走り出したけれど、長旅になりそうな予感は的中して、また30分後に何もないところでとうとうバスが動かなくなった。ギアが入らないらしい。途上国でありがちなことに、とうとう出くわしてしまった。バス会社が取った対応は、ナボヌというこの村にサブサブからエンジニアを送ってここで修理して、また走らせるというもの。ここはサブサブから2時間もかかるのに、めちゃくちゃだなぁ…と途方に暮れてしまった。だけど、こういうときに現地人は焦ったり、いらいらしたりせずに待つしかないね、といった感じに大きく構えている。

 日が暮れて本も読めなくなってしまい、ぼんやりしていたら5人のフィジー系の子どもたちが押し合いへし合いしながらやって来て、フィジー語で「うちに来て、ごはんを食べなさいってお母さんが言ってるよ。」と言う。1度断ったけれど、子どもたちは私が分かっていないと思ったのか、何度も同じことを繰り返してその場を離れない。来たこともないこの村で誰が招いてくれているんだろう、といぶかしく思いつつ、これだけ子どもがいれば大丈夫だろうと思ってバスを降りたら、外でおしゃべりして待っていたおばちゃんたちまで「バスが出る時は呼びに行くから、ゆっくりしておいで。」と言ってくる。どういうことか分からないまま、暗闇を子どもたちと歩いてたどり着いたのは小学校の敷地にある職員宿舎。ミリとバニという女性たちが笑顔で迎えてくれた。お礼を言ってから、何で招いてくれたのか、と素朴な質問をすると2人とも同乗者で、ミリはたまたまバスが壊れたこの村に住んでいて、その友達バニに私は車内で「暑いねぇ。いつになったらサブサブに着くんだろうね。」と話しかけていたのだった。それで家でごはんを食べながら、2人でバスに残っているはずのフィジー語を話す外国人の話になって、子どもたちを呼びに行かせたらしい。見ず知らずの外国人にこんなに親切にできるものなんだ、とすっかり感動して、そのまま「感動してます!」と伝えた。この村で小学校の先生をしているミリは、「バスが壊れなければ、出会わなかったんだから、いいハプニングだったね。」と言ってくれた。私はフィジーでいい人ばっかりにめぐり合わせてもらっていると、つくづく感謝したのだった。

 ごはんを食べさせてもらって、しばらくおしゃべりして、今度は泊まりにおいでと言ってくれるミリにお礼を言って、バスに戻ったら、サブサブからやって来たエンジニアはまだ仕事中。だけど、もういつまででも待てるような爽快な気分だった。今までに見たことがないくらいの満天の星空を眺めながら、外に座って待っていたら、1台の車が通りかかった。運転席からこちらに手を振ってきたのは、何といつもお世話になっているエレノアのおじさんだった。こんなに運が良くていいんだろうか、と思いながら、ほくほく顔で車に乗り込んだ。ところが、やっと帰れると安堵したのも束の間、ナコンボというエレノアの実家に寄って行くことを車内で告げられたのだった。そこでヤンゴナを飲み始めた時には今日中に帰れるんだろうか、とも思ったけれど、修理を終えてようやく走り出したらしいバスを追い越して、11時前にやっと家に到着。いやー、今日のことは一生忘れないだろうなぁ。

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2006年9月 9日 (土)

カナカナ村に行く

 初めて訪ねる家に持って行くという習慣のあるヤンゴナの代わりに大量のパンを買って、これまた大量の野菜や食料品を買い込んだイリと10時半のバスに乗り込んだ。終点のナプカまで片道4時間半もかかるこのバスに乗るのは、なかなかタウンに出て来れない村の人たちばっかりで、みんなものすごい荷物。バスが停まる度に近くの人に手伝ってもらいながら、窓から荷物を降ろすものでとても時間がかかる。タウンから30分離れただけで未舗装の道路になって、おんぼろバスがそこを砂埃を巻き上げて走り、本も読めないくらいガタガタ揺られること3時間、ようやく念願のカナカナ村に到着。

 イリは小学校の校長で、学校の敷地内の職員住宅に住んでいる。農家の旦那さんとの間に7人の子どもがいるけれど、家に残っているのは3番目のジュニアだけ。そして、親戚でもないのにいつの間にか住み着いたらしいビリアメの4人暮らし。みんなでダロ、キャッサバ、ヤンゴナなんかを作っているらしい。荷物を運ぶためにバス停に待っていた旦那さん、レオニは深みのある優しさをかもし出す人で、私はずっとタタ(フィジー語でお父ちゃんの意)と呼んでいた。3_21 家に着いてすぐに出された昼ごはんはキャッサバとタコの炒め物。タコじゃないみたいに軟らかくて、おいしくてバクバク食べていたら、イリに「おいしそうに食べる子ね。あなたが食べているのを見ているだけで幸せだから、もっと食べてよ。」と言われてしまった。光栄です…。満腹になって、イリとタタと並んで昼寝をして、夕方ジュニアと村の中を散歩。日が暮れて辺りが真っ暗になってから、この村に電気がないことを知ったのだった。イリの家は自家用ジェネレーターがあって電気が使えるので、豪華な夕食を食べさせてもらっている間に村人が次々と集まって来て、30人くらいでヤンゴナを飲んだ。いつもは1杯だけで、後は断るけれど、今日は特別に小さなカップを準備してくれたこともあって、久し振りにずっと付き合った。まずかったけれど。まったりとヤンゴナを飲みながら、ギターを弾いておっちゃんたちが歌う。フィジー系の人たちは小さい時から教会で鍛えられているからか、非常に歌がうまい。あんなに歌えたら楽しいだろうなぁ、とうらやましくなった。

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2006年9月 8日 (金)

いいこと満載

 実家から日本の新米、お菓子、いろいんなテレビ番組を録画したDVDなどがぎっしり詰まった荷物が届いたり、前の職場で担任していたH君のお父さんと、おばあちゃんと孫ほども年が離れたお友達から手紙が届いたり、朝一でカナカナ村のイリという知り合いが「今、どこにいると思う? サブサブよ! 明日、カナカナに連れて行くから準備しといてよ!」と電話があったり、今日は嬉しいことばっかりで随分興奮してしまった。

 帰宅してから、何はともあれ実家からの荷物の中身を全部出して、並べる。それをただ眺めるだけでも幸せなものです。以前、私のふるさとである小さな島の伝統行事を取材に来たNHK長崎が甥っ子の初節句の様子も撮ってくれたらしく、それが放送された10分間の映像をじっくり見た。日本を発った時にはわずか生後3ヶ月だった彼はすっかり大きくなっていて、たくさんの人たちにお祝いをしてもらっていた。こんなにかわいい時期に遊べなくて、つくづく残念。帰国したら私のことなんか知るはずもない彼に、どんな顔で見られるのかな? 懐かしい顔、方言、景色…何も変わらず、今日もフィジーと同じくらい穏やかな時間が流れているんだろうなぁ、とほっとした。明日の準備もしないで、日本のテレビを見て夜更かしする。内容よりも、日本人は小奇麗だなぁ、どのCMもよくできているなぁ、言葉が100%分かるって楽だなぁ、と変なところに気を取られてしまった。こんなの見始めたら、何もできなくなってしまう…。

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2006年9月 6日 (水)

異文化談議

 最近は朝6時に起きたら外はすでに明るくなっているし、夕方6時頃に家の裏で洗濯をしていてもまだ明るい。日が長くなってきて、勘弁してほしいくらいの日差しが直に戻ってくるんだろうなぁ、と思う。

 ターム休み中の職員研修で妙に感化されて、「生徒を尊重して、言葉遣いを丁寧にします。」とか「教師としての態度を改めます。」とか「子どもたちの可能性を生かす教育をします。」なーんて、私が1年以上付き合ってきた同僚たちとはまるで別人のように熱く語っていたのは、つい2日前。束の間とも呼べないくらい短い間で、また元の同僚たちの姿に戻って、心底だるそうな顔をしては「だるい。」と言って午後から子どもたちはずっとトランポリンで遊んでいた。さほど期待していなかった私は、こんなもんだろうなぁ、と思ったのだった。あんまり人を信用できなくなっている自分がちょっと情けないけれど。

 飽きることなく、トランポリンで跳ね続ける子どもたちを見ながら、フィジー育ちのキリバス人、ロトゥマ人(フィジーの一部だけど、本島からかなり離れた所にあって独自の言葉が使われている)、日本人で異文化談議をした。男女の社会的立場、子育てや家族観の違いなど、まだまだ知らないことがいっぱいでおもしろかった。それから、彼らが勝ち誇ったように「フィジー人は怠け者だ!」と言うので、いやいや、あなたたちだって十分…と心の中で呟きながら苦笑してしまった。

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2006年9月 4日 (月)

3学期スタート

 あっという間に2週間の休みが終わって、今日から3学期。いつものように初日は先生だけが登校して、掃除と会議だけささっとやって午前中で終わり。12月1日までの13週間に、首都スバで行われる全養護学校のスポーツ大会という1年で最大のイベントがあるし、ボランティア仲間とワークショップも開くし、忙しくなりそうです。だけど、この後の2ヶ月の休みをどうやって過ごすか、にたにたしながら考えつつ、楽しんでぼちぼち活動します。

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2006年9月 3日 (日)

浮いてるパソコン

2_33 2週間のパソコン講習を受けたエレノアが、同時にパソコン一式を手に入れていた。パソコン付きで3000フィジードル(21万円)もかかったらしい。120フィジードル(8400円)の電話代が払えずに止められているというのに、そんな大金をどうやって払うのか、余計な心配をしてしまう。DVDが普及していたり、こうやって田舎の村に住む庶民がパソコンを持ってしまう一方で、相変わらず家からちょっと離れたところにトイレとシャワー兼台所(もちろん水だけ)があったり、いまだに薪で料理をしていたりする。何でこうもアンバランスなんだろう? 以前、同僚が使い方だけじゃなくて、パソコンが必要なことすら知らずに、いきなりスキャナーを買って来たり、知り合いの職場で日本人ボランティアが置いていった日本製プリンターのプラグをペンチで無理やり「ハ」型に捻じ曲げて電圧器なんか通さずに差し込んで、一瞬でダメにしてしまったり、もうネタとしか思えないことが実際に起こるのです、フィジーでは。ワイサレんちのパソコンにはゲームをしたい近所の子どもたちがわんさか押しかけていた。壊れるのは時間の問題のような気がする…。

1_58  ワイサレはパソコンなんかに見向きもせずに、私と機嫌よく遊んでくれた。転がしたボールをつかんで、ちゃんと投げ返す。こんなやり取りができるようになった彼の成長振りに、すごいなぁーと妙に感心させられた。

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2006年9月 1日 (金)

南国フルーツ三昧

 この休み中にどうしてもカナカナ村に行きたくて、7時発のバスに乗って、9時半過ぎにサブサブ到着。カナカナ村に行くには10時半のバスに乗らないといけないので(往復8時間かかるので、これが最終便)、急いで家に帰ってバックパックの中身を入れ替えながら、イリに電話をかけたけれどつながらない。バスはちょうどうちの前を通るので、ぎりぎりまで何度もかけたけれどダメで、初めて訪ねるのに連絡つかないままってどうだか…いや、フィジー人はきっとそんなことを気にしないはず…などと散々迷った挙句、諦めることにした。はぁ~、残念。現地人との約束を果たすのには、根気がいることをまたまた思い知らされたのだった。

 午後からマーケットに行った。ランバサで提供された食事は極端に野菜が少なくて、無性に青々したものをもりもり食べたくなった。暑い日差しが少しずつ戻ってきて、マーケットにマンゴーが出回るようになった。いつも買い物をするお店のおばさん、カンラが熟したマンゴーを選んでくれて、サンプルとして輪切りにしてあったものも含めて3つ、持って行きなさいと言う。何も買っていないので、これはおまけでなく、何って言うんだろうか? さすがに申し訳ないので、パイナップルを買うことにした。これもまた、あんまり見分けがつかないので、彼女に選んでもらった。1つ、たったの1フィジードル(70円)。帰国して、恋しくなるであろうものの1つが、南国フルーツ。たんまり食べておこうっと。

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