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2006年10月

2006年10月30日 (月)

同じものにこだわりがち

 まだスバにいる。先々週、奥歯の詰め物が外れてしまったのだけれど、サブサブの歯医者事情は今年初めにこの詰め物を付け直した私立歯医者はつぶれ、公立病院の歯医者は休暇中でいつ戻るか分からない、といったもので、スバに来たついでにちゃんとした歯医者に行くことにしたのだ。予約をしたのは外国人に人気らしい私立歯医者。確かに清潔で、おしゃれな感じ。時間通りに診察は始まったのだけれど、5分もしないうちにインド系歯医者がどこかに行ったきり、なかなか戻って来ない。しばらくして日本人の奥さんが出てきて、どうにもこうにも具合が悪いようなので、明日またで直してくれないか、と。ついてないなぁ。

 夜はスバで一番のお気に入りの、私たちにとっては高級な韓国料理店に行く。豚肉のプルコギとビールを、しつこいくらいに「うま~い!」と言い続けながら食べた。だって、本当にうまいんだもん。1度ヒットすると、私は同じものを注文して、他のうまいものを開拓しようとしない傾向にある。このお店でもそれと骨付き牛肉のスープを繰り返し食べているのだ。次は他のものにしてみよう、かな。お腹が一杯になった後、まもなく任期を終えて帰国するココアマスターKさん宅で楽しいおしゃべりをしながら、ご自慢のココアを飲ませてもらう。毎夜、いい大人の男2人で甘いココアを飲んでいるなんて、かわいらしいじゃないですか。

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2006年10月29日 (日)

久し振りのお父さん

 スポーツ大会の後、みんなは船でまたサブサブに戻ったけれど、私は次回のワークショップの打合せのためににスバに残らせてもらった。昨日はその打合せの後、本当に久し振りにフィジー人のお父さんと再会した。スバに来る度に連絡はするのだけれど、省庁を退職してまで臨んだ国会議員選挙に落選した後、不動産会社を立ち上げて忙しくしている彼になかなか会えなかったのだった。ヤンゴナの飲み過ぎで珍しくテンションの低い彼に豪華な昼ごはんをごちそうしてもらい、夜には随分回復した彼から映画のお誘いがあってまた出掛けた。5ドル(350円)という安さで映画が見れるのに、何気に映画館に行くのは初めてだった(サブサブにはもちろんありませんが)。“World Trade Center”という、ニューヨークの同時多発テロでビルの下敷きになりながらも生き残った消防士たちを描いたもので、悲惨なシーンも多いのだけれど、そこで友達から話には聞いていたけれど、現地の人たちが人が苦しんだり、悲しんだりする場面でなぜか笑う、というのに実際に遭遇して、本当に不思議だったし、不愉快ですらあった。

 今朝はドミトリーに泊まっていた6人で朝マックに行き、2年間の任期を終えて帰国したボランティアがTOEICで惨敗した話に一同おののき、こんなに英語が伸びなくて果たしてフィジーは英語圏と言えるのか、などとめちゃくちゃな話にまで発展したのだった。昨夜、映画の台詞を半分くらいしか聞き取れなかった私もかなり切実になってしまった。

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 今日もまたフィジー人のお父さんに連れられて、甥っこさんの軍入隊のお祝いに行った。ロボ(熱した石の上に食材を乗せて、さらに大きな葉で覆って蒸し焼きにする伝統料理)のダロイモ、鶏、パルサミ(ダロリーフのココナッツミルク煮)、それに茹で魚にココナッツミルクをかけて食べるものなど、フィジーのごちそうを一通り満喫させてもらった。お茶の時間になってもお腹一杯で食べきれなかった手作りのスコーンをおみやげに持たせてくれたり、本当にごちそうさまでした。ご無沙汰だった分、お父さんとよく遊んだ週末だった。

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2006年10月27日 (金)

自由になる

 ボイボイを編んだマット(ござのようなもの)を敷いただけのコンクリートの床で、蚊に集られてタオルケットを頭から被りながらも、この2日、実によく眠れた。暗闇で水浴びしたり、手も洗わずに手づかみでご飯を食べたり、もうどこでだって寝れるし、どんどん自由になっていく自分がどこか心地良かった。一方でタイピストは「寒くて、ほとんど眠れなかった。それにこんな狭いところにこんなにたくさんの人がいて、耐えられない。」とぼやいており、そんなに繊細でもないでしょ、と意地悪にも思ってしまった。

4_16 昨夜からの雨が降り止まずにどうなることかと思ったけれど、スポーツ大会が始まる頃には晴れ間が覗き出した。朝から会場に行くバスの手配をしたり、ここに至ってもすったもんだ。生徒たちを見送って、ケータリングチームは昼ごはんのサンドウィッチを大量に作ってから会場に向かった。練習を一切しなかったソフトボール投げに参加しているうちの生徒がいて、まぁそれくらいはいいとしても、会場の隅で槍投げに参加しているうちの生徒を見つけた時にはさすがに失笑してしまった。適当だなぁ、本当に。

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2006年10月26日 (木)

国会に行く

1_72 スバに行くついでに社会科見学もしようということで、事前に申請していた国会の見学に行った。両側にたくさんの窓があってとても明るいのだけれど、2000年のクーデターの時にはそこから武装した人たちが突入してきた訳だし、警備上どうなのだろうか、などと考えながら、案内のお姉さんの話を聞き流して、ぼんやりと国会の中を見回していた。

 国会から帰ったら、私たちの宿泊先の情報をどこからか入手した“フィジー1”というフィジー唯一のテレビ局が取材にやって来た。取材班はアナウンサーとカメラマンの2人だけで、隣のクラスがわいわい騒ぐ中、子どもたちが歌い、ある生徒が一芸を披露し、校長が今回のスポーツ大会参加についてのインタビュー受けて、拍子抜けするほど簡単に、そしてあっという間に終わったのだった。 家にテレビがないので、フィジーのテレビを見る機会はほとんどないけれど、こんなもの? この映像は今夜のスポーツニュースで放送されるらしいけれど、残念ながら私たちは見逃すことになる。午後からひどい雨になってしまったけれど、明日は大丈夫だろうか?

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2006年10月25日 (水)

パーマは欠かせない

 昨日の4時半、船に乗り込んだ。みんな、毛布や枕、マットまで持参してすごい荷物。6時の出航までに食事などを済ませて、座席の間の通路にマットを敷いて寝るんですねぇ、こっちの人たちは。私は3つ連なった椅子の肘掛の下に固定される形で、早々に寝に入った。途中、腰が痛くなって何度か目覚めたけれど、どうにもこうにも身動きが取れないまま、いつの間にかまた眠り込み、結局12時間くらいの船の旅の大半をコロ島に経由したことも気付かないほど爆睡していた。自分でもびっくり。

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 スバでの滞在先はとある学校。生徒18人、先生7人が1つの教室で食事をし、わいわい騒ぎ、着替えをし、雑魚寝をする。なかなか、すごい。ちょうどスバの広範囲に渡って断水中で、この学校も水圧が低くて、ケータリングチーム(校長、タイピスト、私)は最小限の水で何とかやりくりしなければならなかった。

 朝食後、4グループに分かれて自由行動。今年もやっぱり美容院に行きたい同僚が生徒を押し付けてきたので、4人を連れてタウン散策。キョロキョロしまくり、お小遣いで好きなものを食べ、初めてのエスカレーターに顔を引きつらせ、大都会スバを楽しんでいた。夕方、滞在先に戻ったら、半分の先生が美容院に行っていた。もうびっくりしませんよ、こんなことじゃ。年に1度の上京で生徒たちよりも、明らかに先生たちが舞い上がってしまっている。分からないでもないんだけれど…。

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2006年10月23日 (月)

ついに上京決定

 午後、学校運営組織のおっちゃんたちがやって来て会議があり、ようやくスポーツ大会に行くことが決まった。現地の人たちにとって、日本の感覚からすると海外旅行にも匹敵してしまいそうな首都スバ行きという大イベントの最終決定が前日だなんて、あんまり。船会社も大した割引はしてくれず、しつこいくらいにケレケレ(お願~い!)と言っていたお金持ちの白人も寄付してくれず、結局2000フィジードル(14万円)くらいを運営組織がそっくり出すことになった。そんな額を負担できないって言うから、これだけごたごたしたのに何なんですか…。もう行くのやめようよ、とすっかりトーンダウンしていた同僚たちも手のひらを返したようにスバに行ったらこれをする!ということを目をキラキラ輝かせてはしゃいでおり、何も準備していないのにどうするのさ…と1人逆にトーンダウンし、1年前の悪夢が脳裏に浮かんで、重たい気持ちになった(同じスポーツ大会で同僚たちが引率だということをすっかり忘れてくれたお陰で、気が狂いそうになったのです)。

 直前まではっきりしないことに、イライラしてしまっていたのには他にも理由がある。エレノアが今日から出張でヤザタ島という、まず個人では行けないであろう離島に政府が手配したチャーター船で行く。こんな機会はそうないから一緒においでと言ってくれ、そこのトップも了承してくれていたのだ。だから、もしスポーツ大会に参加しないなら、そこに行こうと思っていたし、むしろ、そっちを期待していた。あー、残念。

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2006年10月22日 (日)

お腹がおかしい

7_1 昨日の暴飲暴食でさすがにお腹がパンパンな上に、何だか変な調子。いろんな家からもらったたくさんのインディアン・スイーツを抱えて、いつものようにワイサレんちに行く。よちよちし始めた頃から、なぜか家の中でもサンダルを履かされていたワイサレは、外を走り回るようになった今、まさに土足状態。食事前だと言うのに、みんなインディアン・スイーツに夢中で、ワイサレが食事のセッティングの上を歩き回っても、誰も構わないし、私は控えめにあーあ、と思ったのだった。最近めっきり逃げ足が速くなった彼が、左腕だけを大きく振って懸命に走る後姿はとてもかわいいのだけれど。

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2006年10月21日 (土)

ヒンズー漬け

5_11 ディワリ当日。予定外に昼前に大家さんのママに連れられて近所を回った。それぞれの家で甘~いお菓子と甘~い紅茶か、すごい色のジュースを振る舞われた。ちょっと休んで、今度は招いてくれた知人宅を回った。またもや、お決まりのインディアン・スイーツ。大まかに甘いものと辛いものがあって、その主な材料は砂糖、ミルク、ギーと呼ばれるミルクからできた油、小麦粉、ダル豆、スパイス、塩など。2,3個つまめば十分の甘すぎたり、油っこいお菓子を食べないと罰が当たるよ、などと脅されつつ、1日で結構な量を食べた。レブレブ(フィジー語で“太る”の意)街道まっしぐら。それにしても、インド系の人たちは老若男女、このお菓子を感心するほどよく食べる。

6_3  夕方6時からラジオから流れるお祈りに合わせて、各家庭でお祈りの儀式。いつもお世話になっている一家のそれに信仰心などない不届き者も何となく、という感じに参加する。お祈りが終わって、親子ががっちり抱き合って涙を流したりしていた。親の足を洗って、その水を頭などに付けて土下座のようなお辞儀をしたり、親を崇めるこの儀式の最中も4世帯が同居するこの一家のごたごたをこれまで垣間見てきた私は何だかなぁ…とどこまでも所在無かったのだった。

 最後に学校のタイピスト宅に行って、まったりとヤンゴナを飲みながら、この日ばかりは賑やかなサブサブの町を行き交う人たちや彼女の甥と姪がやっている花火を眺めたりしていた。12時近くに今日初めての食事らしい食事をして(もちろん、ベジタリアン・カレー)、帰って来たのだった。今日はよくがんばった。

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2006年10月20日 (金)

またもや保留

1_71 明日はディワリ(Diwali)といってヒンズー教最大のイベントで、フィジー系ばかりのうちの学校でも民族衣装を着てそのお祝いをした。企画をしたインド系タイピストによると、ディワリは彼らにとってのお正月のようなもので、前の年の失敗なんかが全てクリアになるらしい。大切なお祈りをするこの日のために大掃除をし、1週間ほど前からベジタリアンになる(肉類を食べると身が汚れてお祈りできなくなるらしい…チキンやマトンが大好きでいつもモリモリ食べているのに)。ディワリから数日間にお金をどう使ったが、その年の家計に影響する、とか、ディワリ翌日に魚を食べると商売繁盛する、だとかお金にまつわる信念はいかにもインド系らしいなぁ、と思った。それ以外にもヒンズー教にはタブーや信念がいっぱいあって、うちのタイピストなどはきっちりそれらに従っているために、“宗教的に~しなければならない、~してはいけない”ということにがんじがらめになっているような印象を受ける。もちろん、本人はそうは感じていないだろうけれど。女性の立場が低いインド系社会では不自由が多いだろうなぁ、と同情もするけれど、あんな保守的な暮らしは私にはとてもできないなぁ。

 午後からすったもんだしているスポーツ大会について、いい加減に最終決定をすべく経営陣と会議をするはずだったのに、誰も現れなかった。あり得ない。あの、参加するなら来週火曜の夕方には船に乗らないといけないのですが…。準備するものなどが書かれた保護者宛の手紙がタイピストの机に積まれたまま、週末に突入です。

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2006年10月18日 (水)

参加できるのか?!

2_39 子どもたちは参加できるか分からないスポーツ大会のために、けなげに練習を続けている。同僚たちはキャンセルする確立が高まっているのを分かっていながら、子どもたちに何も知らせずにこうやって練習をさせるんだから、全くひどい大人たちだ。自分も含めて、だけれど。ちなみに、これはビーンバッグ・ゲームといって、5メートル向こうの的にバッグを投げて、ちゃんと的の中に入ったらポイントが加算される、という至って簡単なゲーム。袋を縫って、豆の代わりに砂を入れてと、道具も手作り。列になって順番に投げる、ということがこっちの子どもたちにはとても難しく、散々わーわー言った挙句、横一列になって一斉に投げる方法に妥協した。まだ小さいからね、と大目に見ても、それでも文字通り聞く耳を持たない子が何でこんなにいるんだろうか? どうやったら、小さなルールを守れるようになるのか、いつも思案させられる。

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2006年10月17日 (火)

ケレケレ交渉中

5_10 来週、首都スバでフィジーの全養護学校が集まってスポーツ大会がある。子どもたちは年に1度の大イベントに向けて大いにテンションを上げて、授業そっちのけで練習をしている。だけど、1週間前だと言うのに、決まっていないことが多過ぎる。参加する生徒の数さえ未定、という事態が普通に起こる。それから、最大の問題はスバとの往復ボート代だけで2000ドル(14万円)もかかる費用はどうするのか? 学校の運営組織もそんなお金は出せないので、ボート会社にもうちょっと割引してよ~としぶとく言ってみたり、リゾートを経営している白人のお金持ちに寄付してよ~と言ってみたり、どこまでも他力本願なのである。もう行かなくていいじゃん、とでも言いたくなってしまう。昨日も今日も、今更何言ってんの?ということばっかりで、ぐったりして帰っている途中にきれいな花を見かけて、ちょっと癒してもらった。

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2006年10月15日 (日)

賢い子です

 午前中ずっとひどい雨で、ワイサレに会いに行くのを諦めて、うちでクレソンのスープとツナ・サンドウィッチの昼ごはんを食べた。しばらくしてから、神様がワイサレに会いにお行きなさいよ、とでも言ってくれているように、見る見るうちに空が晴れ上がったので、おやつを買ってからワイサレんちに向かった。

4_15  ちょうどお茶の時間で、エレノアが「ずっと待っていたのよ。お昼ごはん、どうしたの?」「うちで食べたよ。」「Sobo! Kua!!(何で? そんなのやめてよ!)」と愛情たっぷりに迎えてくれた。この人の優しさは本物だなぁ、といつも思う。ワイサレも駆け寄って迎えてくれた。先週の遊びが気に入ったようで、私の肩に必死に登ろうとする。しかも、前から。体を支えて肩に立たせ、ゆっくり降ろす。その時、彼は足を私の肩に固定したまま、そして決して膝を曲げようとしないので、頭の方から落ちる格好になって、随分重たくなった彼を支えるのは3回が限界で、そこでやめると彼はぐずるけれど、落としてしまいそうで本当に怖いんだもん。

 また1つ成長した彼は、身近な人の名前を呼ぶことはまだできないけれど、尋ねられればその人をちゃんと指差すことができるようになっていた。アサエリ(お父さん)が「I vei o Naho? (ナホはどこ?)」と尋ねたら、彼はちゃ~んと私を指差してくれた。私の名前もちゃんと分かっているんだ!とすっかり嬉しくなってしまった。親戚の家で飼われているハムスターに向かって「じぃ~ちゃん!」と言い放ったらしい、おバカな甥っ子とは違って、ワイサレは賢いねぇ。

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2006年10月14日 (土)

物づくりに勤しむ

 今日も雨。小降りの時に急いでマーケットに行って、買い物。それから、パン屋さんに寄って帰って来た。ここのところ、水道水が汚れているのでお米が炊けず、すっかりパンやクラッカーが主食になっている。バターをもりもり付けて。

 近所のお店のおっちゃんによると、私を噛んだ犬はどこかの村に連れて行かれたらしい。あの犬が通行人を噛んだのはすでに5,6回はあるらしく、何もしていない私も被害にあったことを知って憤った正義感溢れるそのおっちゃんは、近所代表で物申しに行ってくれたらしい。ありがたい。あの場所はどこに行くにも通るので、あれからビクビクしていたけれど、これで一安心。私の顔を見るといつも、にっこりしてFiji Timesを渡してくれるおっちゃんに感謝です。

1_68 雨ばっかりで、はたまた引きこもりの週末。洋画を見た後に、中間報告会用に同期とおそろいの服を仕立てた布の余りで、バッグと葉っぱ型のコースターを作った。持ち手はボイボイを編んで作ってみたけれど、何だか伸縮性がありすぎるような。ゆっくり物づくりを楽しむのは、なかなか豊かな感じです。Sちん、これでオンナ偏差値はどれくらい上がるのでしょうか?

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2006年10月13日 (金)

今日もまた

 本当によく雨が降る。ここ1ヶ月くらい、スカッと晴れた日がないような気がする。特にここ2週間は1日の半分くらいは土砂降り。水道から茶色い水が出てくるし、ぬかるみで滑って結構派手に転んでしまうし、いいことなし。

 そんなこんなで、本日の生徒7人。ゆる~い国です。同僚たちは一切の授業を放棄し、「冬のソナタ」鑑賞。すごく、いいらしい。私はそこに加わる気がさらさらなく、いっそのこと休校にしたらいいのに、と本気で考えつつ、英単語の絵カードなどをぼちぼち作って時間を潰していた。昨日もそうだったけれど、すでに見た人が余計としか思えない解説、その後の展開をペラペラしゃべりまくる。関係のない私ですら、あーうざい!と思うのに、ドラマを見ている同僚たちはそんなふうでもなく、その様子が不思議でたまらなかった。

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2006年10月12日 (木)

韓国ドラマに出会う

3_26 昨日、図工のネタがなくて習字をした。子どもたちに日本語で書きたい言葉を自由に言ってもらったら、見事に漢字1文字のものばっかりだった。どんな反応をするのか、全く想像もつかなかったけれど、みんな筆と墨を使って日本の文字を書くことを真剣に楽しんでくれたのだった。初めてなのに、みんなお上手!

 それで、今日は何をしたかと言うと、昨夜から降り続ける雨のせいで生徒が少なくて、授業らしいことをしたのは朝の1時間だけ。その後、同僚の間でにわかに流行っているらしい、アジアのドラマを子どもたちもみんな集めて見ることになった。そこに映し出されたものは、何と「冬のソナタ(Winter Sonata)」。こんなところで、お目にかかるとは。校長が有休を取ってまで見続けたのは、これだったんだ! フィジーの人たちがあの無垢な感じが良い、という感想をもっていることがとても新鮮というか、意外だった。「韓国のドラマは日本でも母の世代の人たちに人気だけど、私は見たことない。」と言ったら、驚かれた。初めて見たけれど、まぁ、何とも。校長が「本当にいいドラマね。それに、タイトルがいいよね。ところで、ソナタって何?」と言っていた。ひどいもんだ。

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2006年10月11日 (水)

biteの活用

 人生で初めて、犬に噛まれた。家を出てまだ3分くらいのところで、背後からやって来たでっかい犬に突然、膝の裏をがぶっと。びっくりして振り返ったら、私を噛んだ犬を筆頭に4、5匹の犬が迫っていて、がむしゃらに傘を振り回して応戦。そこに、ちょうど町役場の車が通りかかって、フィジー系の男性が助けてくれた。必死だったので痛みが分からなかったけれど、噛まれたところを彼に見せた時に、自分でも初めて見た10センチくらいある2本の傷口にひるんでしまった。すっかり動揺しているところに、その男性に「すぐに病院に連れて行くから、心配しなくていいよ。」と言われ、病院大嫌いの私はさらに混乱してしまった。後から同僚に聞いたのだけれど、彼は犬の登録や管理を担当している張本人だったらしく、病院までの道のりで「何度言っても飼い主が言うことを聞かないんだ。あんな犬は処分すべきなんだ。申し訳なかったね。」と言いつつ、きちんとアイロンがかけられたハンカチを傷口に当ててくれたり、通り道にある私の学校に駆け込んで、同僚に事情を伝えてくれたり、とても紳士的だった。なのに、混乱していた私は名前を聞くことすら忘れていた。

 さて、大嫌いな病院に強制連行された。待合室には20人くらいの人がすでにいたけれど、彼の顔が効いたらしく、医者が来たら私は1番に診察室に通された。縫合する、なんて言われたら気を失うかもしれない、などと思いつつ、bite(噛む)の活用を思い出せずにフィリピン人女医に「30分前に、大きな犬が私の足を噛む。フィジーに狂犬病がないのは知っているけれど、一応、日本で狂犬病の予防接種を3回受けました。」と失笑ものの説明をする。看護婦に洗面器と石鹸を渡されて、診察室の隅で傷口を洗っているところに、町役場の職員から事情を聞いた校長が慌ててやって来た。突然犬に襲われてから混乱しっぱなしだった私は彼女の「Oilei~!(まぁ、かわいそうに)」という声を聞いて、安堵してうるうるしてしまった。その直後、心の準備をする間もなく、破傷風の注射をされ、傷口の消毒もなく、診察終了。抗生物質5日分をもらって、校長と学校に向かった。家に帰ってちゃんと消毒したいなぁ、と思ったし、同僚に「家で休んだらいいのよ。」と言われつつも、結局いつも通りの授業をしたのだった。落ち着いてから、骨をかじっていたあの犬の横を通った時に目が合ったことをふっと思い出して、それで骨を取られると思って噛んだのかな、と思ったりした。

 ここではほとんどの犬が放し飼いにされていて、それが当たり前のような気になっていたけれど、日本と同じような決まりが一応はある、と今まで知らなかった。人の話を聞かない人たちばっかりだ、全く。キリスト教やヒンズー教は何を説いているんだ? 犬は好きだけれど、こんなことがあったらちょっと怖いなぁ。参考までに、biteの活用はbite-bit-bittenです。

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2006年10月 9日 (月)

フィジー・デー

 10月10日はフィジーがイギリスから独立した記念日、その名もフィジー・デーで、今日はその振り替え祝日。お祝いのイベントを催している街もあったらしいけれど、サブサブではそんなものは一切なくて、いつも通り静かなものだった。私は引きこもり作戦を展開して、家から出たのは大家さんちのラリータに、「バナナあげるから、取りにおいで。」と呼ばれた時だけ。考えるべきこと、行動すべきことがあるのに、どうにもこうにもやる気が出ないのはぐずついた天気のせいだ、などとフィジー人のようなことを思いつつ、ビートルズを聴き、昼寝をし、またビートルズを聴いた。ビートルズ、改めてすばらしい。ちなみに、フィジーは独立国家になってまだ36年と案外若いのです。

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2006年10月 8日 (日)

タブーの日

4_14 はい、今日もワイサレであります。親戚の家に遊びに行っていた彼は、私がベレ(葉っぱ)とチキンのスープ、キャッサバの昼ごはんを食べさせてもらっている時に帰って来た。そして、私を見つけるなり飛びついて来て、何やら必死に話し掛けてくる。いやはや、かわいい。この頃、カメラを向けると必ず液晶をのぞきに来て、そこに映る場所を見せながら「あっち、あっち。」と言うとそこに小走りで行って、こちらを向く、というようなことをする。最近、このしかめ面を覚えたようで、フラッシュの後にケラケラ笑うのです。

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 フィジー語で日曜日はSigatabu(タブーの日)と言う。掃除も洗濯も、外で遊び回ることさえもタブーとされていて、フィジー系の人たちが日曜日にすることと言えば、教会に行くこと、食べて、寝転がってまったりすることくらい。ワイサレの家に毎週通い詰めているけれど、何をするでもなく、だらだらと半日過ごしている訳です。エレノアが焼いた絶品のココナッツ・スコーンでお茶を飲んだ後に、ワイサレのお姉ちゃん、ティマとブリが白いドレスを着て午後の礼拝に出掛けて行った。この村のほとんどの人たちが毎週10時からと3時から、それぞれ2時間ずつの礼拝に出ている。私も何度か出たことがあって、フィジー系の人たちが歌い上げる讃美歌はすばらしかったけれど、それを除いたら信仰心など持ち合わせていない私だけでなく、結構な割合の人たちが退屈そうに見えた。

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2006年10月 7日 (土)

おばちゃんが気になる

3_25 このおばちゃんを見つけた時、私はすごく嬉しい顔をしていたと思われる。朝一のマーケットで、ココナッツの葉で扇子を作って売っていた。こういうおばちゃんに会っただけで、今日は得したなぁ、と思ってしまう。でかくて、本当に楽しそうに笑うこの人と、しばしフィジー語で会話をする。土曜日のマーケットは新鮮な野菜が溢れているだけではなくて、週に1度、遠くの村からやってくるいい感じの、いかにもフィジーっぽい人材に出会えるのが醍醐味でもある。特におばちゃん。どういう訳か、私はおばちゃんたちが気になってしょうがない。

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2006年10月 6日 (金)

まとめてお祝い

 今日はWorld Children Day、World Teachers Day、そしてFiji Day(独立記念日)を全部まとめて学校でお祝いをした。先週の年間まとめ会議であるお母さんが提案して、各家庭1品ずつ持ち寄ってお祝いしようと決まったのに、実際にやって来たのはたった3人のお母さんたちだけで、代表で挨拶したお母さんが「自分たちで提案したことなのに、こんなことになって申し訳ない。」と涙を流す一幕があったりした。よくぞまぁ、というくらい学校に協力しない親ばかり見てきて、こういうお母さんをもつ子どもはとても幸せだなぁ、と思ったし、こういうお母さんが例え1人でもいてくれてよかったなぁ、とも思った。

1_66 役所が急きょ、Fiji Dayのお祝いには予算をつけると言い出したお陰で、同僚たちとケーキを焼いたり、チキンカレーを作ったりして、とても豪華なパーティーになった。予算=食費、が当然の方程式に思えてきた今日この頃。みんな、よく食べるわ、よく散らかすわ…。あ、ちょっとだけ民族衣装でパレードのようなこともやったけれど。私も浴衣を持参したものの、何かと忙しくて断念。日本を発つ直前に買って、首都での訓練中に着付けを教えてもらったというのに、実はまだ1度も披露していない。もったいないなぁ。

 生徒をいつもより早いバスで帰して、午後から遅くなった昼ごはんを食べて、ヤンゴナ。こういう行事で何が嫌かというと、同僚が片付けをしないこと。いつも特定の先生が料理から片付けまで、せっせとやっていても手伝わない。不思議でたまらない。溜まった食器を洗ったり、汚れまくった台所を掃除しているところに、自分が使った食器を平気でシンクに放置する。どんな気持ちでそうしているのか、身近な人たちを思いやれないこんな人たちが偉そうに先生なんかやっているなんて、フィジーの子どもたちはかわいそうだ。そんなことにまたがっかりさせられ、ぐったりして帰った。

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2006年10月 4日 (水)

位のお勉強

1_65 午前中、アシスタントをしているクラスには年齢がばらばらの8人の生徒がいて、2年生レベルと4年生レベルに分けて、同僚のアレビナが2年生算数と4年生英語を、私が2年生英語と4年生算数を担当している。今日はアレビナに4年生算数の補足をしてもらっている間に、2年生4人に「10の位、1の位」を教えた。これが本当に難しかった。英語を教える時は私のいい加減なフィジー語もかなり効力を発揮するけれど、算数の場合はそうはいかない。前にも書いたけれど、フィジーの教育は全て英語でなされるので、母国語で「10の位」の意味を理解して、さらに「Tens」という英語も覚えなければならない訳で、英語が苦手なうちの生徒は混乱してしまうのです。23の10の位は2で、1の位は3、というのをうまく飲み込んでもらえずに、棒を使って何度も練習。アレビナが教材として準備した棒を束ねたものを指して、「10本のまとまりを10の位と言います。」と言ったら、ある生徒が「10本じゃないよ。もっとあるよ。」と言うので数えてみたら、17本もあった。アレビナが使っている時には言い出せなかったことを私に指摘したらしい。その大雑把さに大笑いしている私の側で、彼女を恐れる生徒たちは控えめに笑っていた。

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2006年10月 3日 (火)

英語と格闘

 この間のワークショップの報告書をフィジーの教育省にも提出するために、分担して英訳している。自らみんなに示した締め切りを過ぎて、今日ようやく同僚にチェックをしてもらった。私の文をできるだけそのまま生かそうとするシャリーと、全体をローカルらしい表現でまとめ直そうとするアレビナ、方針が違う2人の作業は難航。授業時間に突入してもやめる気配がないので、「また放課後にお願い。」と言ってみたけれど、「どうしても終わらせたい。」と言って私の英文チェックごときに授業を放棄してしまった。昨日、「だるいから有給を取る。」と宣言して校長が休んでいるのをいいことに、この2人に限らず学校全体がだら~っとしているのです。「ある地区の障害者ベースライン調査によると、人口の5.8%が障害者で、そのうち15%が学齢期に当たり、さらにその18%しか学校に行っていない。」という1文が最難関だった。英語云々の前に同僚たちはこの状況がイメージできないらしく、私はグラフを書いて説明しなければならなかった。それから“学齢期(school age)”の捉え方の違いがさらに混乱を招いてしまって、かみ合わなさ具合に私たちは半ば笑いっぱなしだったけれど、2人がようやく納得してくれた時には大げさな程の達成感を味わったのだった。

 サブサブに出張中の日本大使館職員が晩ごはんに招いてくれた。日本人職員が同行している現地人職員に気を遣って、会話は全て英語。日本人同士で英語でやり取りするのは気恥ずかしくもあり、そして、目上の日本人に“you”と言うのが何とも居心地が悪くてたまらなかった。いろいろな場面で、フィジー語やヒンズー語といったいわゆる現地語での会話に入れずに、せめて英語で話してくれればなぁ、と思ったことはこれまでに数え切れないくらいあったので、こうやって共通の言語で会話することがすごく大事なのはよく分かるのだけれど、何だか食べた気がしなかった。

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2006年10月 1日 (日)

褒め言葉

1_64 昨日はとにかくずっと強い雨が降り続いていた。のんびり洋画を見ながらも、このまま雨が降り続いたらワイサレに会いに行けないではないか、と心配していた。そして今日は曇ってはいたけれど、1滴も降らなかった! 今日もワイサレは駆け寄って抱き付いて迎えてくれて、それはそれはかわいくてしょうがなかった。同期Gちゃんから親ばかならぬ、“人の子ばか”という褒め言葉をいただいた話をエレノアにしたら、大笑いしていた。

3_24  これは私がワイサレに初めて会った時の写真。当時、生後5ヶ月。ハンモックに寝ていた彼はまるで人形みたいだった。今日はこの家でこれまでに撮った写真のデータをエレノアのパソコンにダウンロードした。言うまでもなく、その大半はワイサレで2人のお姉ちゃんたちに申し訳ない気分にもなったけれど、やっぱり今日もワイサレの写真ばっかり撮ってしまった。

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