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2007年1月

2007年1月31日 (水)

パイナップルを植える

3_40 パイナップルの植え方を今頃になって、初めて知った。マーケットでパイナップルを買うと必ず、上の葉っぱ部分をどうするか聞かれ、いつもその場で外してもらっていた。その葉っぱ部分を下から3センチほどむしって根が生えるスペースを確保して、穴を掘って植えればセット。周りの草むしりを時々して、あとはフィジーの豊かな土と太陽によって、半年もすれば収穫できるらしい。パイナップルの葉をむしりながら、妙に感心してしまった。それから、この程度でそう呼べるのか分からないけれど、土いじりはやっぱりおもしろいと思った。

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2007年1月30日 (火)

念願の実習開始

 私がサブサブ養護学校に派遣された目的の1つは、作業学習クラスを充実させること。これまでも校長と一緒に作業種目の開拓、変化のあるプログラム作り、バザーの開催などをぼちぼちやってきた訳だけれど、生徒たちが制限なく通ってくる(最年長28歳!)のはどうしたものかと、ずっと思い悩んでいた。昨年、職場実習をしてみたらどうか、と校長に提案して、サブサブにある全ての商店、レストランに協力依頼の手紙を出したけれど、どこからも返事なし。そんなにトントンと物事が進むはずもなく、諦めかけた頃に、何度か相談をしていた日本食レストランを経営する日本人夫婦が私の活動に関心と理解を示して、実習を受け入れてくださった。そして、昨日、校長も含めて実習内容など打合せをして、4_27ついに今日、実習がスタート!! 始まったばっかりだけど、ある種の達成感を1人味わった。内容は掃き掃除、モップがけ、テーブルと椅子のアレンジなど。私はしらばらくの間、付き添ってサポート係。毎朝眺めのいいレストランへの出張はちょっと贅沢な感じです。就職にたどり着くか分からないけれど、生徒たちにはとりあえず“働く”という体験を楽しんでほしいなぁ。

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2007年1月28日 (日)

ワイサレの頭

3_39 2週間振りにワイサレに会いに行った。散髪をしたようで、またツルツル頭になっていた。お姉ちゃんたちが聞き慣れない言葉で彼を呼んでいたので、どういう意味なのか尋ねたら、彼女たちはそれに当たる英単語が分からないらしく、エレノアがすかさず「ハゲって呼ばれてるのよ。」とワイサレの頭を大事そうに撫でながら教えてくれた。そして、私に“drika(ハゲ)”の発音練習をさせて、大笑いしていた。そんな私たちを気にすることなく、ワイサレは同期Gちゃんからもらった、ぜんまいで尻尾と口にくわえた魚を動かしながら結構な勢いで走る、中国産のちょっと不思議な魚のおもちゃで熱心に遊んでおりました。

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2007年1月26日 (金)

癒し系登場

4_25 今年入学してきたボノボノという9歳の男の子と遊ぶのが、すっかり毎日の楽しみになった。6歳の妹よりも小柄で、言葉が出ず、知的な発達も遅れているようだけれど、人懐っこくて、よく笑って、好奇心旺盛。初めて彼に会った日、私は心の底から「待ってました!」と思ったのだけれど、想いは伝わるもので、私のところにやってきては、抱っこしてー、と両手を伸ばしたり、膝にちょこんと乗っかってくるようになった。本当にかわいらしい。今日は同僚に自転車に乗せてもらい、おっかなびっくり、だけど楽しかったらしく、なかなか降りようとしませんでした。

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2007年1月25日 (木)

ちょっと怒ったぞ

5_19 今日は2人の生徒を連れて、隣接する小学校の2年生クラスに合流させてもらった。そのうち1人は昨年私が英語を教えた生徒で、よくできるようになったのに担任Aの独断で養護学校に残留になった(フィジーの養護学校は、小学校の勉強に遅れが出た生徒の補習をして、小学校に編入させるという役割もあります)。にも関わらず、Aは授業時間に本棚の整理なんかやっていて、生徒たちはぼーっと待たされたまま。腹が立った勢いで、「私が付いてサポートするから、小学校に連れて行っていい?」と申し出た。それで、小学校の校長と担任に許可をもらって、一番前の席で英語と算数を受けさせてもらえた。ここの担任Vは昨年もうちの生徒を受け入れてもらったこともあって、理解がある方で、「あの子たち、やる気満々ね。明日も連れて来なさい。」と言ってくれた。だけど、そんなVも一通りしゃべって課題を与えた後は、黙々と事務仕事をしていて、あっちこっちで子どもたちは遊びだし、席を立ち、走り回り…もう大変。ちょっと見渡すとうちの生徒よりもできていない子が少なくない、という実態にも驚いてしまった。こっちがいわゆる“本流”なのだけれど、2人が自信をもって成長していくためにはどっちがいいんだろうか、と考えてしまった。

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2007年1月24日 (水)

要注意のサトウキビ

 新学期3日目、朝6時に起きるのが恐ろしく大変な日々が続いている。だけど、朝ごはんを食べて、昼ごはん(おにぎり)を準備して、身支度を整えて7時半に学校に向かって歩き出せば、生徒はまだ集まりが悪くて15人ほどしかいないので、後はどうにでもなってしまう。当分休みモードのままであろう同僚たちは、仕事をせずに、「あー、退屈。」と言い合っている。どうしようもないなぁ、とも思うし、この脱力感をいい、とも時々思う。

 午後は炎天下の中、校庭の草むしりをした。暑くてしょうがないので、休憩ばっかり。しかも、今日は校長が休みだったので、同僚が「校長がいないから、サトウキビ食べちゃおうよ。」と言い出し、バナナの木陰に座り込んでサトウキビをみんなでバリバリかじって食べた。私は硬い皮をナイフで切り落としてもらわないと絶対に食べられないけれど、生徒たちはその皮も歯で器用に引き裂いて食べる。本当に見事。去年、うちの校長はサトウキビを食べていて差し歯が欠けてしまった(今も欠けたまま)という冗談のような本当の話を同僚が引き合いに出して、「歯に気をつけてよ。」とおかしくてしょうがない様子で忠告し合いながら、甘くてジューシーなサトウキビを堪能したのでした。

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2007年1月21日 (日)

里帰り

3_38 2週間分の荷物あれこれが詰まった重いバックパックを背負って、さらにビニールバッグを両手に1つずつ提げてサブサブに帰って来た。タベウニ島経由のフライトは時間はかかるけれど、バヌアレブ島の縁に沿ってサブサブに向かうので、きれいなリーフをずっと眺めることができるのです。

 久し振りに実家に電話したら、ちょうど泊まりに来ていた甥っ子をお風呂に入れたりして、両親は楽しげにバタバタしているところだった。こっちの様子など聞かずに、孫たちの話ばっかり。そして、受話器を握らされた甥っ子は誰だか分からない相手に向かって「バイバイ。」と言った。初めて聞く甥っ子の言葉だった。

 さて、クーデターと一緒に始まった夏休みが今日で終わって、明日から1学期が始まる。朝起きるのがつらいだろうなぁ。

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2007年1月19日 (金)

大トロに歓声を上げる

 昨日、今日うちの団体に所属するボランティア全員が集まる半年に1度の会議などがあった。今回は初めての企画で、1人3分間与えられて話をしなければならなかった。その主旨からすると、何かしらを主張するような、ちょっと気合いの入った話が求められていたのだけれど、フィジーで犬に噛まれたことのある私は(今も傷跡がばっちりあります)、「犬には注意してくださいよ。」と的外れな話をして終わったのでした。

 さて、スバに滞在中は小さな日本人社会でのお楽しみが毎日ある。2日前はうちの団体職員Wさん夫妻がおいしい料理とお酒を振る舞ってくれ、昨日はビチレブ島(本島)以外に住んでいる離島組4人で韓国料理を食べに行った。そして今日、昼間は久し振りに一堂に会した同期たちと高級カレーを10分で食べ、夜は大使館職員Oさん邸でトロの握りパーティーだった。幸せすぎる。

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 私たち、フィジーにいるボランティアのTシャツができました。フィジーの武器を持って構える侍をデザインしたのは、この写真の同期Uちゃん。さすがです。オリジナルのTシャツが1枚10フィジードル(700円)でできることを知り、またUちゃんに協力してもらってサブサブTシャツの構想中。楽しみだな。

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2007年1月16日 (火)

Gちゃんは大物です

6_8 シンガトカでの目的の2つ目、今日は同期4人とオーストラリアなどからだと思われる観光客たち、そしてフィジー系男性ガイドとバスに乗り込んで鍾乳洞ツアーに行った。きれいな海が売り物のフィジーで、山の方へ攻めるツアーは珍しい。鍾乳洞そのものは、鍾乳洞が好きでたまらないらしいEYEちゃんに「悪くはない。」との評価を下され、ヤンゴナの儀式なども私たちにとってはもはや新鮮ではなく、「89フィジードル(6300円)も払うんだから。」と期待しまくりだった昼ごはんは驚くほど質素なもので、テンションを上げてその役割を全うしているガイドも仕舞いにはうざくなったこのツアーも、ビリビリと呼ばれる竹を組んだだけのいかだに乗って、おもむろに服を脱いだガイドが泳ぎながらそれを引いて褐色のシンガトカ川を渡ったこと、それからついにシンガトカ川に飛び込んだGちゃんの意気揚々とした表情を見れたことで満足だった。

 今日はこれで終わらず、Gちゃんお得意の“高級リゾート・アウトリガーでただプール”に同行。何食わぬ顔してフロントを通過、勝手知ったるGちゃんに率いられて広いリゾート内をプールにまっしぐら。無邪気に遊ぶ子どもたち、いちゃいちゃし過ぎる白人中年夫婦などを尻目に、私たちは結構本気で泳ぎまくったのでした。そして、これまでさすがにGちゃんも手を出せなかったらしい、プールサイドに積まれた宿泊客用バスタオルを拝借してトイレで着替え、海辺で夕焼けを見た。あっという間に夜になってしまったけれど、一瞬の真っ赤な空はしっかり目に焼きついた。

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2007年1月15日 (月)

陶芸の里で困惑する

 スバからバスで2時間半、同期Gちゃんが住むシンガトカに行った。ここでの目的は2つあって、フィジーで唯一陶芸をやっている村を訪ねることが1つ。近所に1年半も住んでいながらそこに行ったことのないGちゃんから「いいところらしいよ。」と何とも適当な情報を得ただけで、“地球の歩き方”にも載っていない秘境に向かった。

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 ラワイ村とナカンブタ村に行ったのだけれど、結論から言うと期待外れだった。陶芸と聞いて、実家の近くの波佐見焼や有田焼を思い浮かべるという大失態をした私は、2つの村で完全に一致するラインナップを眺めながら、おばちゃんたちに、買うよね、という熱い眼差しを唯一の客として浴びて、心底困ってしまった。だって、欲しいもの、もっと言ってしまうと、買ってもいいかな、と思えるものがなかったんだもん! だけど、ラワイ村からナカンブタ村まで案内してくれて、途中で家に寄ってパンケーキを食べさせてくれたエマという女性への恩と、豚の貯金箱を作っていたおばちゃんの「陶芸だけがこの村の収入源なのよ。」という一言に止めを刺され、不揃いで顔のパーツが省かれていたりするフクロウセット(親1、子5)を10フィジードル(700円)で購入。日本でこれを読んでいる人は安いもんじゃない、と思うかもしれないけれど、こちらの感覚でいうと決して安くないのですよ。その証拠にフクロウセットを見せた同期たちは私の買い物をバカにしてひとしきり笑った後、値段を教えたら「えーっ!!」と一様に叫んだんだから。

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2007年1月14日 (日)

花を愛でる散歩

4_24 午前11時、Uちゃんと散歩に出た。1日で最も暑いと思われる時間帯なのに、「近所の花を愛でよう。」と言うことだけは優雅。花も良かったけれど、でっかい木々も良かった。屋久島で見上げたような木は、ここでは今更珍しくもないのだけれど、いちいち「でかいなぁ!」と言わずにいられない自分たちが時々おかしかった。そうやって、たっぷり2時間、炎天下で自然を満喫したのでした。

 そして、今夜は何とサンマを食べた。マグロ釣りのエサ用サンマが食の神様によって、業者→うちの団体関係者→同期Sちゃん→そして私たちのところに届けられた。最後に食べたのがいつなのか、全く思い出せないくらい久し振りのサンマは感動もののおいしさでUちゃんと向かい合って座って、互いの皿に乗った1尾ずつのサンマを味わい尽くすべく、黙って食べたのでした。本当に、おいしかった。

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2007年1月13日 (土)

魅惑のウクレレ

 昨日、私たちボランティアのフィリピン人顧問医がいる病院で健康診断を受けた。問診の際に体重測定もするのだけれど、先に済んだGちゃんが「先生、ポンドからキロの換算法を電話で聞いてたよ。」と笑って話してきた。私の時には「体重、何キロ?」と測定そのものを省こうとしていた。いい加減すぎて、笑うしかなかった。

 昨夜はUちゃんちで調子に乗ってビール、ラム(ほうじ茶で割ってみたら、おいしかった)、ワインと飲んだために、今朝は気分が悪くて目覚めた。にもかかわらず、新ボランティア2人の歓迎会で、はたまた昼間からビールを飲む。1人1品持ち寄って行われるこの会は、日本食も含めてうまいものをいろいろ食べられて非常に良い。余興で同期たちと恒例の?フィジー国歌演奏(三線、ギター、ウクレレ、ハーモニカ)をした。私はハーモニカ担当、だけどウクレレの響きの心地良さにこの頃気付き、買おうかなぁ、と考え中。それにしても、新ボランティアは白かった。私たちも来た頃はあんなだったのかな?

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2007年1月10日 (水)

稀に時間厳守

 レブカからフェリーで首都スバに行く場合、早朝5時発のバスに乗って港に向かわなければいけない。1日1便なので、選択の余地なし。逆にスバからだと13時半のバスで2時間かけて港に行き、バスごとフェリーに乗って1時間と少し、そしてさらにバスに揺られて19時頃ようやくレブカに到着する。こちらも1日1便。だから、今回のように2泊3日の旅も、実質の滞在時間は丸1日分くらい。買出しなどに行く地元の人たちには便利なのだろうけれど、旅行者にとってはちょっと不親切。今朝は4時半までにバスに乗り込まなければならなかったのに、2度寝してしまい、ふと目覚めたら4時19分…あらら。バス停はホテルのすぐ側だし、どうせフィジータイムでしょ、と焦ることなく15分で準備して行ってみると、バスはほぼ満席。どういう基準で時間を守ったり、全く守らなかったりするんだろうか? 乗り込んだフェリーは日本製の中古もので、あちこち錆び付いてなお、こうして異国で利用されているのです。フェリーの見取り図に“おりーぶ号”という文字が残っていて、オリーブなら小豆島かな?とぼんやり考えた。

 その足でスバ郊外にある同期Uちゃんの職場(学生向けのメディア教材を制作する教育省の部署)を訪ねた。突然行ったのでUちゃんは驚き、サブサブ出張の際にお近付きになったスタッフたちもわーわー言って迎えてくれた。日本ではあり得ないけれど、それから終業時間まで本を読んだり、お茶を飲んだり、手紙を書いたりしてUちゃんの職場でくつろいだのでした。

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2007年1月 9日 (火)

オバラウ島上陸

1_93 昨日の朝、首都スバに飛び、そのままの勢いでバスとフェリーを乗り継いで旧首都レブカ(オバラウ島)にやって来た。ようやく夏休みらしくなってきたというのに、珍しく風邪気味。のども頭も痛いけれど、旅先でホテルにこもっていてもしょうがないので、受付で会ったスイス人夫婦がくれたハーブのど飴をなめながら、まるで古いおもちゃセットのような味のある小さな町をくまなく歩き回った。世界遺産に登録されるかもしれないレブカには、1世紀以上の歴史をもつ建物が多くあって、それらは何とも言えない深みと貫禄を醸し出していて、格好いいなぁ、としみじみ思いながら飽きることなく眺めていた。

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 のんびり歩きながら、きれいな花々に何度も足を止めた。今までただ見落としていただけかもしれないけれど、初めて見る花をいくつも見つけた。南国の花といったら、原色で派手に咲いているものばかりのようで、淡い色で人知れず咲いているものももちろんあるのです。レブカはそんなことに気付かせてくれる、穏やかな町です。

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2007年1月 7日 (日)

まだ赤ちゃん

2_51 今日も雨が降ったり止んだりする中、ワイサレの家へ。まずは、大晦日に友達をもてなしてくれたことのお礼を言うと、エレノアは「ここはあなたの家なんだから、友達を連れて来るのは当たり前でしょ。あの子たち、また来てくれるんでしょ?」と言ってくれた。それから、私の名前を友達の名前と何度も呼び間違えて、「あの子が私たちのことを思い出してくれているサインね。」とも言っていた。エレノアの話し方も、話すこともいつも本当にあったかい。

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 さて、「お母さん、ちょっとどいてよ。」などと生意気なおしゃべりをするようになった1歳10ヶ月のワイサレ。デジカメの液晶に写る人を見せて「誰だ?」と尋ねると、100%正解! 彼が写ったものを見せて「誰だ?」と尋ねたら、「Papa! (赤ちゃん)」と答えました。

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2007年1月 6日 (土)

新たな好物

1_92 4日の早朝に同期たちが帰ってから、2日間土砂降りだった。ようやく暑くなったと思っていたけれど、雨が続いてまた涼しくなった。今日も朝からどんよりとした雲が空を覆っていて、雨が降り出す前にマーケットに行った。入り口でパッションフルーツ(5つで1フィジードル、70円)発見。日本では屋久島に行った時に1度だけ食べたことがあったけれど、その時はそんなにおいしいと思わなかった。だから、おいしいフルーツが豊富にあるフィジーで、あえてそれに手を出すことがなかった。そして、この間Uちゃんに勧められた時も実は期待しないまま口に入れたのだけれど、とにかくおいしくて度肝を抜かれたのだった。嫌な印象が残っていたタネのプチプチ感も、返ってそれがいいとさえ思えた。屋久島で食べたのがハズレだったのか、私の味覚が成長したのか、分からないけれど、危うくパッションフルーツのおいしさを知らない人生を送るところでした。Uちゃん、ありがとう。

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2007年1月 3日 (水)

サブサブはいい!

2_50 今日は私がクリスマスを過ごしたウラタ村のチョエリ宅を訪ねた。予定よりかなり遅れてしまったけれど、「フィジー人はいつもそうだから、いいの、いいの。」と温かく迎えてくれた。昼ごはんの後、村の散歩、ヤンゴナ、娘さんたちによるメケ(伝統ダンス)、お見送りの歌やお祈りなど、親戚が集まってフィジー流のもてなしをきっちりやってくれたのでした。 迎えに来た人の良さそうなインド系タクシー運転手もヤンゴナを一緒に飲んで、みんなが歌ったり踊ったりする中、当然のように待たされ、帰り際には「1曲歌え!」などと茶化されたりして、その状況は妙にほのぼのして、すごくおかしかった。

 夜は校長をレストランに招いて夕食。今回、私の友達に何かと心配りをしてくれたし、今朝もみんなが首都に帰るための交通機関がとても混雑して困っていたら、親身になって交通手段を手続きしてくれたり、非常によくしてもらったので、ささやかなお礼をしたのです。その後、校長念願の?ダンスクラブへ。 一番楽しんでいたのは、やっぱり彼女だったかもしれない。

1_91   みんなは明日の早朝に帰ってしまうけれど、本当に良いお正月でした。同期たちといい時間を過ごしたのは言うまでもなく、そしてサブサブが“Hidden Paradise(隠れた楽園)”と呼ばれるのはその恵まれた美しい自然だけじゃなくて、ここに暮らしている明るくて、心優しい人たちが創り出す心地良い空気があるからだと、改めて思ったのでした。それともう1つ、フィジー語がぼちぼち分かるようになった今、現地人同士の何気ない会話や私たちに語りかける言葉の中に、彼らが私たちを想う気持ちを感じ取れるようになったことはとても大きな収穫で、この数日間でも何回もありがたいなぁ、としみじみ感じることがあったのです。サブサブをとても気に入ってくれたUちゃん、Sちゃん、Gちゃん、帰国前にまた必ずおいでね。

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2007年1月 2日 (火)

海と月明かり

5_17 今日はバスに乗って、海水浴へ。デボンダラ(Devodara)の海には実際に見ないとなかなか想像し難いと思うけれど、コーラルの真ん中に“ブルーラグーン”と呼ばれる天然のプールがぽっかり、という具合にあって、現地の人たちにも人気のきれいな海なのです。ここに住む、私の生徒のお母さんがマットを貸してくれて、木陰でパッションフルーツを食べ、のんびりした後、じりじり照りつける太陽の下、久し振りに泳いだ。やっぱり海は気持ちいい! 生徒のうちでさっと水浴びをして帰宅したら、あろうことか断水中…開き直って、そのまま海辺のこじゃれたバーにビールを飲みに行くことにした。

7_3 こんな景色を眺めながら生ビールが飲めるなんて、サブサブならではの贅沢。しかも、ここの生ビールは2.30フィジードル(160円)とめちゃくちゃ安い。この景色、あつあつの絶品ピザ、気心知れた同期たちとのおしゃべり、そして海から戻って水分を1滴も摂らなかった努力によって、今夜のビールは最高の味でした。

 いい気分で帰宅し、断水が復旧していてほっとしたのも束の間、裏庭の水道の蛇口が壊れて水が噴き出ていた。さらに、たくさん干していた洗濯物の中からGちゃんのズボンがなくなっているのも発覚。サブサブでこんなことがあるんだ、とびっくりし、Gちゃんは下着も干していたのにズボンだけなくなったことにショックを隠しきれず、さらに相談に行った大家さんちでラリータに本当にどうしようもなくて、くだらないことを言われて、ぐったりしてしまった。同情して、散々憤ってくれた同期たちとは対照的に、彼女のように人の痛みが分からないのは人間として最低だとよく分かった。今日は母の誕生日で、せっかくバースデー・ソングを歌おうと言ってくれていたみんなに申し訳なかったけれど、電話をする気もすっかり失せてしまった。

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2007年1月 1日 (月)

明けましておめでとうございます

1_90 2007年元旦、サブサブは快晴です。フィジーにどっぷり浸かった昨年、お世話になった皆さんに感謝です。ここでの残り半年の任期を思う存分満喫します! 今年もどうぞよろしくお願いします。

 ちょうどお昼、約束通り校長が甥っ子ネタニと一緒にローストチキン(一羽丸ごと!)とダロ芋という豪華料理を届けてくれた。こんなによくしてくれる上司に恵まれて、つくづく幸せ者です。とてもおいしかったのは、言うまでもありません。

 午後には同僚の村に行っていたGちゃんも合流して、さらに賑やかになった。月明かりの下、ベランダにござを敷いて4人並んで横になって、昼間見た“紅の豚”の主人公がとっても格好いいんだけれど、昨夜見た映画が後を引いて西田敏行にしか見えなかったことで笑ったり、蚊の襲撃に耐えられなくなるまでバカな話は続いたのでした。あれだけ笑えば、今年はいい年に決まっている。EYEちゃんも来ればよかったのに。

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