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2007年4月

2007年4月29日 (日)

フィジーの洗礼

1_8 ターム休みになった途端、雨続き。そんな中、地元・長崎の友達Mちゃん(九州青年の船で知り合った仲間です)がはるばるサブサブまでやって来てくれた。日本からナンディに6:45着予定で、8:00発のサブサブ行きの国内線を予約していた。しかし、それが2週間ほど前に7:00発に変更されてしまった。またまたPacific Sunの仕業です。本社にまで電話をかけて、Mちゃんの乗り継ぎのことを伝えたら、ちゃんと待つ、と言った。もしも、彼女がその便を逃したらどんな対応をするのか、そこまで確認をしたけれど、「そんなことにはならないから、大丈夫。」ときっぱり言い切った。国内線は30分くらい遅れるのが当たり前なので大丈夫だろう、と私も思っていたけれど、7:00発の便はMちゃんを待たずにナンディを飛び立ってしまったらしい。Mちゃんの出迎えと国内線搭乗手続きの手伝いをお願いしていた、旅行会社のTさんからその旨を伝える電話が入って、がっかりしてしまった。結局、MちゃんはTさんの好意でナンディで買い物に連れて行ってもらったり、ホテルのプールで早速泳いだりして、15時頃ようやくサブサブに到着。

1_9  到着と同時にフィジーらしい洗礼を受けたMちゃんをワイサレのお姉ちゃん、ティマとブリと3人で空港に向かえに行って、それからワイサレの家に連れて行った。一緒に食べるはずだったお昼ごはんを逃したMちゃんのために、エレノアが私たちが空港に行っている間に野菜とツナのココナッツ煮、鶏肉とにんじんのトマトソース煮、そしてダロイモを準備してくれていた。本当にありがたい。ワイサレも本当は空港に連れて行くようにしていたのに、直前になって何を思ったのか、雨の中、外に裸足で駆け出してエレノアに怒られ、泣き出したために居残りになったのです。取り残されたために泣き続けていたらしい彼は、Mちゃんが来ても人見知りをして固まったまま、いつの間にか床に突っ伏して眠っていました。さて、フィジーで新鮮な果物を食べまくるために“高枝切りばさみ”を本気で持参しようとしていた、ちょっとおかしなMちゃんとの休日の始まりです。

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2007年4月27日 (金)

1学期終了

 1学期が始まったのは、1月22日。その日の職員会議で、同僚たちに「最初から最後まで一緒に仕事ができる学期はこれが最後になるので、リクエストがあったらどんどん言ってください。」と実感がないまま言ったけれど、何だかあっという間に終わってしまった。今日までにしておこう、と思っていた仕事もいくつか残ったまま。オープンデーが終わったら生徒は登校しなくなり、随分前からホリデー・ムードに突入していた同僚たちは昨日の午後も韓国ドラマを熱心に見ていたし、今日に至っては先日の火事で自宅と店舗を失ってしまった、学校の運営委員へ差し入れする焼き菓子を作った後は、ひたすらヤンゴナを飲んでいた。数日前にうちの団体から、フィジーで腸チフスが流行っていて、ヤンゴナは衛生上あまりよろしくないので控えましょう、とお達しが届いていたけれど、ヤンゴナが嫌いな私もこういうちょっと特別な日には断れず、1回飛ばしで付き合いました。そんなこんなで学期末なのに会議もなし。ゆるいものです。

 ヤンゴナをまったりと飲み続けるフィジー系の同僚5人を残し、タイピストであるシャリー(唯一のインド系)と帰ってきてタウンで遅い昼ごはんを食べた。そして、あんまり天気が良かったので急きょ、サブサブ湾で泳ごう、ということになった。彼女の家から徒歩30秒、タウンに面しているので全然きれいではないのだけれど、シャリーとの約束がついに実行できたこと(これまで釣りや海水浴を雨で度々キャンセルしたのです)、ヨットが優雅に浮かぶ景色、そして2週間の休みに入った開放感でとってもいい気分だった。

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2007年4月25日 (水)

とうとう謝らなかった人

1_7 今日はオープンデー。生徒の家族や周辺の小学校などを招待して、公開授業あり、歌あり、ゲームあり、バザーあり、私が2005年8月から撮り溜めた500枚近い写真の上映ありで、小さな学校にどっとお客さんがやって来たので非常にごった返し、バタバタでした。少し離れたところの小学校の先生から、折り紙を教えてほしい、と言われて、8年生20人ほどに急きょ、折り紙教室をしたりもしました。1学期が始まった時(1月中旬)にはすでにオープンデーの予定を立てていたのに、何だかんだで2週間もずれ込み、結局、本格的に話を詰めて準備に取り掛かったのは、何と月曜日から。いつも、こんな感じ。そして、校長が今更そんなことを…というようなことを次々と口にするので、私はへとへとになってしまいました。

 さて、Pacific Sunとのごたごたは、手数料なしで希望する便への変更ができた、という形でようやく決着した。変更される前のナンディ行きの午後便は、元々15:10発だったのに、私に13:10発だと伝え、発券までした、という決定的なミスを本社に隠し通してお客様を責め立てていた女性スタッフNを今日こそは罵ってやる!と意気込んで向かったオフィスには、電話を借りに来たらしいフィジー系のおばちゃんがいた。入る前からしかめっ面だった私に、「Bula~!(こんにちは)」とおばちゃんはニコニコ顔。ダメだ、このおばちゃんがそこにいる限り、怒りをあらわにして怒鳴ったりできない…。そんな訳で、引っ張り出してきたファイルを読みながら同じ説明を繰り返すNに、「それはもう聞いたから。あなたが正確な時間を教えていたら、午後便のチケットを買ったりしなかった。いいから、本社に電話して。」と静かに言っただけ。この一件で相談に乗ってもらっていた、ナンディで旅行会社を営む日本人Tさんが「話してもダメなら、文書にするのがいいでしょう。」と親切にも書いてくださった抗議文(2日前に学校からファックスしたけれど返答なく、Nに再度送るように言ったけれど、送っていないと思われる)によって、自分のミスがばれる、とでも思ったのか、Nは態度を一転して、「変更できるか、問い合わせてみる。」と。一体、何なの。そして、何の問題もなく変更できて、「F$60(4200円)の手数料は私が払うわ。」と。本当にそうするとは思えませんけどね。そして、とうとう謝らなかった。この人、どうかしてます。ニコニコしたおばちゃんの前で「あなたに謝ってもらわないと、気が済まない!」と言い出せなかった代わりに、Nの氏名と本社の電話番号を聞いてきた。トップに散々、文句を言ってやるもんね。とりあえず、一段落。多大な協力をしてくれた同僚やTさんに感謝です。

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2007年4月22日 (日)

ナコ!

1_6 今日のワイサレはとっても元気で、昼寝も一切せずにワーワー、ギャーギャー言って走り回っていました。今日もやっぱり「ケイコ!」と呼んでくるので、特訓を試みた。「ナ」「ナ」「ホ」「ホ」「ナホ」「ナンゴ!」…何回繰り返ししても、こうなってしまう。「ナ」「ナ」「コ」「コ」「ナコ」「ナコ!」 ようやく言ってくれたものの、直後に「私の名前は?」と確認したら、自信満々に「ケイコ!」とやっぱり言っていました…。

 エレノアに「来週、日本から友達が来るから、連れて来ていい?」と聞いたら、「もちろんよ。前にも言ったでしょ。あなたは家族の一員なんだから、あなたの友達は私たちの友達でもあるのよ。」といつもの優しい目で言ってくれた。今日は子どもたちが外に遊びに行ってエレノアと2人になる時間があった。彼女が村や親戚との過度な付き合いについて珍しく愚痴をこぼしていたので、よっぽどつらいんだな、と心苦しくなったけれど、真っ当な感覚をもっていて、とても思いやりのある彼女を私はとても尊敬している。

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2007年4月21日 (土)

おばちゃん効果

 1日雨で、同僚と釣りに行く約束はなしに。雨が小降りになった時にマーケットに行ったら、顔見知りのおばちゃんたちがいつものようにいい顔で挨拶してくれたり、店先で他愛もない話をしながらスイカを食べさせてもらったり、以前訪問教育をしていた生徒のお母さんに突然、抱きつかれたり、「韓国ドラマを売っているのはあなた?」と聞いてくるおばちゃんがいたりする(韓国ドラマをコピーしてお金儲けをしているのは、うちの校長です!)。航空会社とのすったもんだで、この国の人たちに非常にがっかりしていたけれど、こうやって私をほっとさせてくれる人たちの方がたぶん多いんだ、と思ったら、少し気分が上向きになった。

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2007年4月20日 (金)

絶対に謝らない人たち

1_5 今日はこどもの日、ということでホテルのプールでピクニック。Hot Spring Hotelがプールを無料開放してくれた上に、ジュースまで準備してくれました。泳ぐ、といえば海や川に決まっている子どもたちにとって、プールはとても新鮮なようで、おおはしゃぎ。私たちが到着した時、プールサイドにビキニ姿の若い白人女性が3人いて、子どもたちだけじゃなく、先生たちも凝視しまくり。逆の立場だったらすごく嫌な気分だろうけれど、「お騒がせして、すみません。」と言ったら、嫌な顔ひとつせずに、「子どもたちがあんなに楽しんでいたら、こっちまで楽しいよ。」と返してくれた。偉い!

 放課後、航空券のことでもめているPacific Sunとの2回戦に向かった。結論から言うと、全く話にならない。確定していた便を変更されて、お客様が不都合を被っている、ということに全く気付いていないから、「便の変更はあなたの都合だから、手数料がかかるって何回も言ってるでしょ。」「これがルールだ。」ということを言えてしまうし、話がかみ合うはずがない。本当にばかげている。私、初めて“stupid”って単語を使いましたよ。ナンディのマネージャーとも電話で話したけれど、まるでダメ。うちの同僚にまくし立ててもらっても、まるでダメ。終いには私の英語力のせいにされたりして、「言ってることは分かるけれど、あなたたちの考え方が全く分からないんだ!!」なんて言い返したりした。そして、やっぱり謝らない。ブログに現地の一部の人たちへの不満を綴るのはいいこととは思わないのですが、これが現実なのです。

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2007年4月18日 (水)

真珠貝のモザイク

2_4 校長が2日間だと思い込んで申し込んだワークショップ、実は2週間の長丁場でした。そんな訳で、ずっと通い詰めております。生徒を引率してはいるけれど、いわゆる“仕事”ではないので、朝起きた時の気分が軽いこと。ワークショップの会場になっているホテルのロビーは床や壁がモザイクで飾られている。サブサブは黒真珠の養殖でも知られているのだけれど、その貝で作られた魚はなかなかきれいなものです。

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2007年4月17日 (火)

謝れない人たち

 来週で1学期が終わり、その直後に地元・長崎の友達Mちゃんがはるばる遊びに来てくれる。ナンディ国際空港で国内線に乗り換えてサブサブまでは1人で来てもらい、復路は私も一緒にナンディに飛んで、ヤサワ諸島のリゾートに行くことにしている。Pacific Sun ナンディ行きの便はチケット購入時、13:10発だった。だけど今日、別件でオフィスに行ったら、普段から愛想のない若い女性が「あ、ちょうど電話しようと思っていたのよ。」と。予約していた便が16:10発に変更された、と何でもないことのように告げてきた。これでは、到着時(17:10)にはフィジーで最もハイカラと思われるナンディのお店は閉まっていて、「思い切って派手なビキニを現地調達する」つもりのMちゃんをがっかりさせてしまうではないか。「それじゃ、朝の便に変更できる?」と言うと、やっぱり愛想なく、「満席。」と。あー、何なの、この人。念のために確認したら、向こうの都合で変更した便をキャンセルするのでさえ、F$30(2100円)の手数料がかかるらしい。やっぱり、そういうことを言う! あー、何でこうなの。しかも、この女性はすみません、の一言も言わない。この間、同期の数人がフィジー語に“vosoti au(ごめんなさい)”という言葉があることを知らなかった、と言っていたけれど、そう言えば、自分の非を認めずにあれこれ言い訳ばかりして、不思議なくらいにたった一言、ごめんなさい、と言えない人があまりにも多いのです。何でだろうか?

 久し振りに腹立たしさで体中がカッとなって、「そっちの都合なのに、何で私がお金を払う必要があるの? 私たちのナンディでの予定をめちゃくちゃにしたいの?」なんて言ってみても、埒は明かず、むしゃくしゃしたままオフィスを出てきた。サブサブでもたまにこういう困ったことが起こるのです。

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2007年4月15日 (日)

帰国の準備

 13日(金)に帰国オリエンテーションがあった。帰国までとうとう3ヶ月。これからレポート提出(日本語版、英語版)、報告会(学校、うちの団体オフィス)、表敬訪問(教育省、日本大使館)、いろんな書類の提出などが次々と迫ってくる。そんな中、荷造りをして、サブサブでお世話になった人たちにできるだけ会って回り、そして帰国後のことなんかも本当はちゃんと考えなくちゃいけない、と気付いてはいる。この怒涛の日々を想像するだけでげんなりしてしまいそうだけれど、ボランティアOGでもある職員が「割り切ることが大事」と言っていたように、自分の中で1つずつ区切りをつけていかないといけませんねぇ。

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 今回もお世話になっていた同期Uちゃんちのハウスガールの長男、ジュニアです。話しかけたら、よく笑うようになっていて、とってもかわいらしい。そして、若干22歳のビビタ(お母さん)がきれいに洗濯して干している布オムツや小さな服、小さな靴下がたくさん並んだUちゃんちの一角は、とても尊い風景だった。

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2007年4月12日 (木)

病欠

 どうにも具合が悪く、学校を休んだ。行けないことはないけれど、今日もうちのクラスは校長と一緒にクラフトのワークショップに行くし、他クラスの巡回授業も今日はないので、別に休んでも何の支障もない、という思いがあってどんどんだるくなってしまった。元来、学校も仕事も滅多に休んだことのない私には、ここがフィジーであっても、たかがボランティアという身分であっても、少し勇気のいることなのです。そして、学校に電話すると、校長が「Oilei~!(まぁ、大変)」と言って大げさなほど心配してくれたので、申し訳なくなった。今日はネックレスとブレスレッドを作る予定だったワークショップがちょっと惜しかったけれど、午前中に死んだように寝たら、随分回復し、このようにブログも一気に更新できました。明日はついに、帰国の手続きなどの説明会のために首都スバに行きます。

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2007年4月11日 (水)

アーティストごっこ

 昨日からのどが痛く、鼻もぐずついている上に、今日はさらに微熱もあるようだったけれど、昨日から生徒を連れて参加している、高級リゾートでアクセサリーなどを創作しているアメリカ人女性が主催するクラフトのワークショップに出たくて、学校に向かった。昨日は紙とプラスチック粘土でのビーズ作り、今日は自分で作ったビーズやガラスのビーズ、木の実などの天然素材を使ったブック・マーク作りをした。参加費無料で、この充実ぶりはすごい。スケジュールはないようなもので、それぞれに材料も無料で提供されるのをいいことに、1つ作るように言われたのに、参加者の大半を占めるおばちゃんたちは昼休みも無視していくつも作って、気が済んだ頃に自由に昼ごはんを食べていた。さすがのお金持ちアメリカ人もフィジーのおばちゃんたちをコントロールすることは不可能なようです。例えば、この講師が日本人ならば、癇癪を起こしそうだなぁ、なんて想像しておかしくなった。体調がいまいちで午後から帰るつもりだった私も、結局1日楽しんだのでした。

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2007年4月 9日 (月)

またのお越しをお待ちしています

1_3 同期との休日もいよいよ最終日。朝、恐怖の国内線でAちゃんがナンディに帰り、その後、スバ便のキャンセル待ちを試みたけれどダメだったUちゃんと、タベウニから戻ってきたTちゃん、しばらくしてランバサから戻ってきたHさんがやって来た。お昼頃、みんなはそれぞれ帰路につき、Uちゃんを見送りに港まで行った。

 その途中、昨日起こった火事現場を通った。火事は早朝に起きて、私たちがウラタ村に行く前は1つの建物の2階部分だけが焼け落ちて、もう鎮火しているように見えた。そして、迎えに来た同じドライバーが興奮して、「あれからまた火が上がって、4軒全部燃えた。」と言ったように、タウンの一角、4つの建物がすっかり燃え尽きていた。原因は不明で、すでにいろいろな噂が飛び交っているけれど、本当のことが解明されるとは思えない。そして、この火事のひどいところは、消防車は割と早く出動したにもかかわらず、消火栓が使えなかったり、ホースの長さが足りなかったりと、あり得ないほどのずさんな体制が被害を拡大させた、ということ。サブサブの消防署はただの箱で、ピカピカの消防車はただの大きめの車だった訳です。結局、車で1時間半かかるランバサから普通に機能する消防車が到着するのを、なすすべもなく待っていたらしい。お店の所有者たちは辛かっただろうなぁ。

 さて、港に着いて船内の切符を買うところまで付いて行った。Aちゃんと私に「あなたはエコノミー(F$55、4000円)で十分!」と憎まれ口を叩かれていたUちゃん、飛行機で帰る気満々で大金を所持していたため気が大きくなってしまったのか、往路のファーストクラス(F$80近く、5500円)よりも高い、ベッド付きのキャビン(F$ほぼ100、7000円)のチケットを購入しているではありませんか! いつも生活費が振り込まれる前はお金がない、お金がない、と騒いでいるのに、こういうことをするUちゃん、大好きです。この4日間、楽しくて心地良い時間をくれたAちゃん、Uちゃん、どうもありがとう。そして、帰国前にあと1度は楽園へ!!

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2007年4月 8日 (日)

村での正しい日曜日

 年始に同期が来た時ももてなしてくれたウラタ村のチョエリがまた招いてくれた。「礼拝は10時からだから。」と6時半に電話があり、いそいそと出掛ける。村に着いた時にはすでに礼拝は始まっていて、フィジー語で熱弁されるとほとんど聞き取れないので、ぼんやりとやり過ごすしかなかった。終わり頃、どうやら私たちのことを話しているようだ、と気付いたら、別の人が立ち上がって、今度は英語で私たちへの歓迎の挨拶をしてくれた。それで済むと思ったら、私たちも挨拶を求められ、どきまぎしながらフィジー語で簡単な挨拶をしたのでした。ちゃんと伝わったかどうか…あれは参った。

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 教会から戻ると、フィジーの家庭料理が全て並んだような豪華な食卓が待っていた。私たちはしつこいくらいに「おいしい!」と言いながら、いっぱい食べさせてもらった。前回は食後にヤンゴナを飲み、歌い、踊り、大騒動だったけれど、今日は日曜日、フィジー語でSigatabu=タブーの日、ということでどれもなし。午後の礼拝までごろごろしながらおしゃべりして、フィジーの正しい日曜の午後の過ごし方をする。

 讃美歌コンテストだと聞いていた午後の礼拝でもやっぱり長い説教があって、寝入りそうになった。迎えのタクシーが来る頃にようやくコンテストが始まり、チョエリ一家が属するグループが1位になったのを見届けることができた。それにしても、フィジーの人はもれなく絶対音感があるんだろうな、と思うくらいにどのグループも本当に歌がうまい。あんなふうに歌えたら楽しいだろうなぁ、といつもうらやましくなる。

 今回も心優しいもてなしをしてくれたチョエリ一家。以前、「君はもう家族の一員だから、いつでも来なさい。」と何でもないことのように言って、その通りに私の友達も含めていつでも温かく迎えてくれる、すてきな人たちです。

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2007年4月 7日 (土)

遥かなる高級リゾート

5 今日も快晴。数日前まで数ヶ月に渡って続いた大雨が嘘のように止んで、フィジーらしい暑さと青い海が戻ってきた。ありきたりだけど、同期2人が太陽を連れて来た、としか思えない。そして、雨が続いた後の天気の日はいつもそうなるように、お昼前から断水になった。浄水槽をきれいにしている、そうだけれど、本当かどうかは分からない。

 買い物をし(いつもは人目があって買いにくいビールもみんながいたので2ダース買いました!)、2人が準備してくれたツナと玉ねぎのサンドウィッチ、海ぶどうのあえ物の昼ごはんをサブサブ湾を見下ろすベランダにござを敷いて食べた。1人だとこんなことしないけれど、とても贅沢。

 Uちゃんたっての希望で、夕方近くにSpread Rocksというシュノーケリングポイントに泳ぎに行く。本当はそのほんの少し先にある、海洋探検家ジャン・ミッシェル・クストーの名が付いた超高級リゾートで昼ごはんを食べて、そこのビーチで泳ごうか、なんて軽く話していたけれど、昨夜、そこは昼ごはんだけでも70フィジードル(5000円)はする、という情報を得て、あっけなく断念。そして自分たちの身の丈にあった、“リゾートの手前”で泳ぐことになったのです。泳いでいる途中、どんどん高度を下げる飛行機発見。墜落?と思って凝視していると、それは飛行艇。そして、クストーの桟橋に着水。「(紅の豚の)マルコだぁ!!」とそれだけで大騒ぎをし、泳いだ後は何にもないところで着替えもできてしまうどうしようもない3人とクストーの距離はうんと遠いのでした。

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2007年4月 6日 (金)

楽園で地獄絵図を見る

 今日からイースターで4連休。クリスチャンは礼拝などでにわかに忙しそうだけれど、私たちにとっては嬉しいだけの4連休。そして今朝、フィジー在住1年9ヶ月目にしてようやくサブサブ上陸を果たしたAちゃん、サブサブが大好きでこれが3回目の来訪になるUちゃんの同期2人が首都スバから約11時間の船旅をして到着。よくぞ、来てくれました! 長旅で疲れた2人が仮眠をしている間に、本来の目的地に向かう途中で立ち寄ってくれたTちゃん、Hさんも合流。5人でぞろぞろとワイサレの家に向かった。

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 見知らぬ外国人に取り囲まれたワイサレは早速、号泣。泣き疲れて、昼ごはんの前に眠ってしまいました。悪かったね、ワイサレ。さて、昼ごはん。この家では働きに出ていないアサエリ(お父さん)が料理をすることが多い。昨日エレノアに会った時に、「アサエリがナホの友達に何を食べさせようか、って悩んでいたから、いつものものを一緒に食べるのが一番よ、って言ったのよ。」と話していて、この人は偉いなぁ、といつものように感心させられた。そして今日、アサエリが食べさせてくれたのは魚と貝とオタ(山菜のような野菜)のココナッツ煮、ミティをかけて食べるゆで魚、そしてダロイモ。エレノアが言った通り、いつものフィジーの家庭料理を私たちは大喜びでいただいたのでした。それにしても、おいしかった! そして、ほとんど村に行く機会がなく、たまに行ってもマギーヌードルなどを食べさせられるというAちゃんはオタもミティも知らなくて、ちょっと気の毒になった。そして、普段から食べる、という行為にほとんど執着のない彼女が「おいしい、おいしい!」といって食べていて、あーよかった、としみじみ思った。

 昼寝から目覚め、徐々にみんなに慣れてきたワイサレはTちゃん、Hさんが先に帰った後、ついに本領発揮。「ケイコ!」と私を呼ぶと、本物のケイコが返事をするので混乱したかどうか、初めて会ったAちゃんの名前も言えたのに、やっぱり私の名前は言えず、がっかりです。

2_2  その帰り、海に面するヨットクラブのバーにビールを飲みに行く。フィジーで行っておくべきところはないかな、とか、帰国の途中でどの国に寄ろうかな、なんて話をしながら眺めた夕焼けはとてもきれいだった。

 帰宅後、素早い動きで布を持って来たUちゃんはそれを床に敷いて、すぐに寝に入ってしまった。19時半の出来事です。再三のシャワーの促しに本気で嫌がる目つきで睨み返し(本人は覚えていないらしい)、すぐ隣でお茶を飲んでいたAちゃんと私に「痛くないのかな。よく寝れるね。まるで一人地獄絵図だね。」などと言われながら、朝まで真剣に眠り続けたのでした。

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2007年4月 2日 (月)

お仕置き宣言

 3連休の最終日。インド系のお友達、ジョイス宅に今朝焼いたホールミールパンを持って遊びに行った。獣道を通ればほんの2分足らずの距離だけど、ここのところ雨続きでその道はぬかるんでとても通れる状態ではなくて、大通りを下ったり登ったりしたら15分かかるし、午後には決まって雨になるので、しばらくの間、足が遠のいていた。週に1度は学校帰りに寄っていたのに、3週間くらい顔を出さなかったので、いい加減に「どこに隠れているの?」と電話がかかってきたのです。

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 横になってひたすらDVDを見ているゲティカ(若干12歳にして私よりも縦も横もでかい、この家の一人娘)を尻目に、ジョイスとひとしきりおしゃべりをした後、昼ごはん(ゴーヤとかぼちゃのカレー、そして甘い紅茶)を食べさせてもらった。「あと3ヶ月で帰るなんて、寂しくなるな。」と何度も繰り返す彼女は、帰り際に「7月までは、少なくとも週に2度は来るのよ。メモをつけておいて、約束を守らない時は、こ~んなに大きな棒で叩くからね。」とも言っていた。気にかけてもらって、ありがたい限りです。

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2007年4月 1日 (日)

魚とココナッツの相性

 今日はエレノアの両親がナコンボ、というサブサブからバスで2時間ほどの距離にある村から遊びに来ていて、エレノアのおじさん宅で一緒に昼ごはんを食べさせてもらった。ナコンボからのバスも雨続きでしばらく不通になっているらしいけれど、こんなふうに、現地の人たちはどうにかして移動手段を見つけてしまうのです。考えられないくらい気長に待ったりしているのかもしれないけれど、それにしてもすごい。

 フィジー系の人たちの主な魚の食べ方は、①ココナッツミルクで野菜と一緒に煮る、②茹でて、ミティ(ココナッツミルクに塩、唐辛子、オレンジ、玉ねぎ、トマトなどを加えたもの)をかける、③オレンジでしめて、ミティをかける、などでとにかくココナッツが欠かせない。ちなみに、今日のメニューは②、鶏肉と野菜の炒め物、そしてダロ芋。フィジーで口にする魚は淡白な味のものが多いように思うけれど、だからこそ、濃厚で風味のあるココナッツとの組み合わせはすばらしい。それぞれの土地ならではの食べものはいいなぁ、といつも思う。

1_1 グァバにかぶりつくワイサレ。まだ何の疑いもなく、私を“ケイコ”と呼び続けています。

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