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2007年5月

2007年5月30日 (水)

スキヤキ・ソング

2_13 先週から下処理を始めたボイボイ。とげを取り除いた後に茹でて天日で数日干して、こんなふうになりました。一枚一枚伸ばしては干し、伸ばしては干し…大仕事はこれからですが、当分の間、ボイボイには不自由しなそうです。

 再来週に予定されている学校での最終報告会で、プレゼン、公開授業の後に“上を向いて歩こう”を歌うことになった。ハーモニカを持参して、今日から練習開始。何を隠そう、人前で披露するような歌声の持ち主ではないのですが、先生たちが必死に歌ってくれるので助かっています。

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2007年5月28日 (月)

ヤンゴナ屋さん

 早朝、まどろんでいたらフィジー人のお父さん、ジョーから電話がかかってきた。もしもし、の前に「Toso Japani toso~!!」と叫んで、ゲラゲラ笑うので、私も起き抜けで大笑いした。お父さんはどうやらこのフレーズがえらく気に入ったらしい。昨日に続いて、ナタンドラというビチレブ島(本島)で最もきれいだと言われるビーチにサーフィンに行く3人とナンディ空港で別れた(昨日、ナタンドラについて行って、シュノーケリングをしていたら波に飲まれて死ぬかと思いました)。空港近くのホームステイ先のインド系一家を訪ねるつもりだったけれど、結局連絡がつかず、空港で4時間待ちぼうけ。

1_23 夕方、無事にサブサブに到着。そして、夜は学校のタイピスト、シャリー宅にお呼ばれ。ヤンゴナ屋を営んでいるけれど、1人は決して飲まないというシャリーの義理のお兄さん(写真、手前にあるのがヤンゴナ)と最近はごはんの前にヤンゴナを飲むようになった。今日は極上のヤンゴナを自らパウンドしたらしく、強烈なものだった。ヤンゴナには鎮静作用があるというけれど、これまでもそんなにたくさん飲んだこともないので、それを実感したことはなかったけれど、今日のは効いた。眠くて眠くて、軽く気分が悪い中、マトン(羊)カレーを食べて、いよいよ気分を悪くして帰って来たのでした。

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2007年5月26日 (土)

がんばれ、日本!

2_12 IRB Pacific Nations Cup 2007というラグビーの国際試合で日本代表チームがフィジーにやって来た。この日のために同期Uちゃんが日本のチームカラーである赤いTシャツをデザインしてくれたし、それを着て応援しない訳にはいきません。会場はフィジー第2の都市、ラウトカのチャーチルパーク。同期が2人住むこの町にようやく初上陸。今までその存在すら知らなかった日本人会が確保してくれたブロック席は日本人と何かしら日本に縁のあるローカルたち150人くらいによって、赤く埋め尽くされていた。

 ラグビーが最も人気で、盛んなスポーツであるフィジーで生で観戦するのは初めてだった。体がぶつかり合うドスッという音にはびっくりしたけれど、まぁ、スポーツマンはやっぱり格好よかった。結果は前半15-3でリードしていたけれど、後半15-30と逆転されてしまった。フィジーの太陽が暑すぎた、ということにしておきましょう。しかし、異国の地で君が代を聞いて、祖国の代表チームに声援を送るのは、どこか感慨深かった。そして、楽しかった。

 試合後、ラウトカ在住の同期Aちゃん宅で気が置けない同期ばっかり4人でしゃべって、大笑いして、愚痴って、そしてAちゃんが腕を揮ったカニと貝のココナッツ煮とミネストローネをおいしくいただいた。同期は非常によい、としみじみ思った夜でした。

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2007年5月25日 (金)

生魚まるかじり

 昨日、22時頃に船でサブサブを発ち、今朝8時頃に首都スバに着いた。そのまま、予約していた歯医者に行って、3週間くらい前に詰め物が外れてそのままになっていた穴に詰め物を入れ直してもらった。ちゃんとしたものを作るにはサブサブから通院できないし、何より質がよろしくないと思われるので、間もなく日本に帰国するので数ヶ月はもつ、というある程度の強度のある仮のものをとりあえず入れてもらった。ここのところ、左の奥歯でばかり噛んでちょっと不自由だったけれど、これで帰国まで存分にフィジーのおいしいものを満喫できます。

 タウンで買い物をした後、先日NZで知り合ったスバ在住のツバル人、セタプに電話をした。ちょうどタウンで旦那さん(大洋州の東大? University of the South Pacificの先生)と買い物をしていた彼女と待ち合わせて、キャンパス内にある職員住宅にお邪魔した。そこの向かう途中に旦那さんが「セタプは偶然、今朝あなたの番号を携帯に登録したばっかりだったんだよ。2人はテレパシーでつながっているのかい?」と笑っていた。不思議な縁ですねぇ。1_22さて、家政婦と留守番をしていたジェイジェイ(7ヶ月)とひとしきり遊んだ後、昼ごはん。食卓に並んだのは、頭と内臓が取られた生魚、クラッカー、パン、バナナ。さて。とりあえずバナナを食べながら、2人の食事の様子観察。生魚を自分の皿に取り、塩をふって、おもむろにかぶりついている! 焼き魚のように、普通に。およそ2年間、異文化の中に身を置いて、いろいろな違いを見て、体験してきたとは言え、これには少々驚いてしまった。私がゆっくりバナナを1本食べ終えた時、2人は2尾ずつの魚を完食。そして、私は思い切って生魚に手を伸ばした。しかし、噛み切ろうにも、手でちぎろうにも無理。苦戦している私を見てセタプがきれいに皮をはいでくれた。改めて、塩をふって、白身の生魚に噛み付いた。特別においしい訳ではなかったけれど、塩でもなかなかいけるな、とは思った。こんなことにも大したためらいを感じずに、その人たちのやり方に従えるくらい自由になった自分がおもしろかった。

 久々の上京、1日はまだまだ続きます。家主のいない同期Uちゃん宅でしばしくつろいだ後、フィジーでお父さんとして慕っているジョーとこれまた久々の再会。Uちゃんと偶然レストランで出くわしたお父さんの隣人であるカナダ人女性も合流して、晩ごはんをごちそうしてもらった。今回スバに来たのは明日に控えた日本 VS フィジーのラグビー国際試合を観戦するためで、そのためにUちゃんは応援Tシャツをデザインした。そのTシャツをお父さんに見せたら、彼は“Toso! Japani! Toso!(行け! ニッポン!)”というロゴについて「どっちにToso(進む)するんだ? 後ろか? ゆっくりToso! 日本は左右だけにTosoしろ!」とご機嫌で大騒ぎしていた。お父さん、それじゃ、ゲームにならんよ。「あーはっはっ! オイレイ!(感嘆語)」と大きな体をガタガタ震わせて、大きな声で笑う彼を見て、私たちも大きな声で笑った。あー、楽しかった。

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2007年5月23日 (水)

ボイボイとの格闘

3_2 元生徒のお母さんから、大量のボイボイの差し入れがあった。ボイボイとは、フィジーのどの家庭にもあるマットを編んだり、いろいろな手工芸に多用される、暮らしに欠かせない植物。担当している作業学習のクラスでもボイボイを使った小物作りは大切な種目のひとつで、いつもマーケットなどで加工されたものを買うのだけれど、今回は1から手工芸の材料になるまでの工程を踏まなければならない。①葉の両サイド、裏側の中央にあるとげを全て切り落とす、②数枚ずつ丸める、③10分ほど茹でる、④天日で数日間干す、⑤乾燥した葉をよく伸ばす、⑥束にしてまた干す、そしてボイボイが白くなるまで⑤と⑥を数回繰り返す。今日は午前中の2時間半で、全体の3分の1ほどのとげ取りが終わっただけ。時間も手間もかかる大仕事です。

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2007年5月22日 (火)

サバの刺身

 今、フィジーではサバ(フィジー語でsalala)が旬。月明かりの少ない夜が絶好のタイミングらしく、同僚のアイセアは学校に置いている自分のカヌーに乗って、学校からすぐそこのサブサブ湾で昨日、夜釣りを楽しんだらしい。そして今日、まだ目の澄んだ新鮮なサバを2尾くれた。フィジーの人たちは生魚を食べないけれど、彼(ロトゥマ人とキリバス人のハーフ)も、これまた同僚である奥さん(キリバス人)も生魚が大好きである。彼らは昼ごはんの時に、切り身にしたサバにオレンジを搾り、塩と唐辛子を混ぜて食べていた。私は家に帰って、刺身にして食べた。わさびがなかったのが残念だったけれど、それでも新鮮な刺身のおいしさに、大げさなようだけれど、感動してしまいました。

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2007年5月20日 (日)

国際文通

1_21 日曜日の日課、今日もちゃんとワイサレの家に行きました。ワイサレは家の前でココナッツを削るまねを必死にやっていた。家族がすることは何でも自分でもしてみたいお年頃のようで、「Kali niu !(ココナッツ削って!)」と言うと、返事の代わりに眉をひくっと上げて(イエス、という表現)小さな手にココナッツの殻を持って、それはもう一心不乱。彼が手にしている殻はココナッツがすでに削られているにもかかわらず、ちゃんとココナッツを受ける容器まで置いてある。いやぁ、かわいかった。

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 いとこの長女M(12歳、実家から50mくらいのところに住んでいる)から手紙が届いて、近況やフィジーのこと、そして同年代のワイサレのお姉ちゃん、ティマとブリにも手紙を書いて友達になったら、と付け加えて返事を書いた。そしたら、すぐにまた手紙をくれて、彼女たちへの手紙とバレーボールをしている写真などが同封されていた。今日、それを英語に訳して持って行ったら、2人は大喜びで早速Mへの返事を書いてくれた。家族のこと、学校のこと、家の回りになっている果物や野菜のことなど、びっしり。私が日本を発ってから、Mは地図でフィジーの場所を調べたらしいけれど、遠い国の友達からお互いにいろいろなことを発見してほしいと思う。

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2007年5月19日 (土)

絶品カニカレー

 快晴。だけれど、フィジーもこのところ朝晩はめっきり涼しくなりました。今日は家でとことんのんびりするつもりが、マーケットに行ったり、洗濯したり、パンを焼いたり、ミシンで縫い物をしたり、結局いろんなことをしているうちにあっという間に夕方になった。

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 今夜は学校のタイピスト、シャリーの家に招かれた。シャリーの義理のお兄さんとヤンゴナを飲んだ後で登場したのは、マングローブ・クラブというカニのカレー。シャリーのお姉さんが料理しているのを見て、てっきり魚だと思っていた分、「カニ!!」と私はもの凄く嬉しい顔をしたに違いない。これが本当に本当においしくて、会話もそこそこに集中して食べた。フィジーにいる間にまたありつけるだろうか? この一家は食いしん坊をいつも喜ばせてくれます。満腹で歩いて帰って来たら、空が明るく見えるほどの星、星、星。あぁ、いい夜だ。

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2007年5月16日 (水)

怪しい水

 うちの校長が妙なことをやっていますよ。何でも、生活習慣改善を唱えている誰かさんが勧めているらしいのだけれど、銀・銅硬貨と一緒に沸かした、ちょっと濁った水をがぶがぶ飲んでいるのです。「この水で体の中からきれいになって、内側から輝きが溢れてくる!」と校長はその誰かさんの口調を真似して、自分で大笑いしていた。そんな彼女はおもしろいのだけれど、いかにも胡散臭い話ですよ、これは。そして、油を減らす、よく噛んで食べる、定期的に運動をする、などのリストを読み上げながら、彼女が食べている昼ごはんは2袋分のマギーヌードル、クラッカー、そして例の水。自分で立たずにカップを生徒に持って来させたりしている。校長が内側から輝き出す日は来るのでしょうか?

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2007年5月14日 (月)

NZ帰りの英雄

1_19 薄暗い中、Aちゃんちを出て(家主は睡眠中)、朝7時のフライトでサブサブに帰って来た。事前に校長に2学期初日(今日)は2時間ほど遅刻する旨を伝えたら、「無事に帰ってくればそれでいいんだから、疲れていたら休んでいいよ。」とありがたいことを言ってもらっていた。散々迷った挙句、職員会議が終わるのを見計らって、10時半頃学校へ。旅行という楽しみを知らないフィジーの人たちにとって、異国の地を一人旅するなんて考えられないようで、そんな“大冒険”から戻った私は拍手喝采で迎えられたのでした。こんなことをまるで予期していなかったので、すっかりどぎまぎしてしまった。

 後でタイピストが「あの時、あなたが来てくれて本当に助かった。」と言ったように、無駄にだらだらと続いていたらしい会議は打ち切られ、お土産のチョコレートを同僚たちはすごい勢いで平らげてしまった。そして、1時間ほど雑談をしてから、明日から始まる授業の準備など一切せずに帰って来た。さて、明日はちゃんと起きられるだろうか?

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2007年5月13日 (日)

大満足のNZ旅行、終わり

 クライストチャーチで2泊したVagavond Backpackersという宿では、毎朝8時に自家製の焼き立てパン(2斤限定)を食べさせてくれる。いつも7時には起きる食いしん坊がこういうものを逃すはずがありません。昨日も今日も、Mちゃんと一緒においしくいただきました。

 身支度をして、空港へ。いよいよ、フィジーに帰ります。今後、フィジーを飛び越えてまであえてAUSやNZに行かないだろうと思っていたけれど、NZにはまた来るような気がする。チェックインの列に並んでいたら、女の子を抱っこした女性に声を掛けられた。「フィジーに行くんですか?」「はい。」「あなたの荷物の重さはどれくらいですか?」唐突な質問に驚きながらも、「量っていないけれど、10キロはないと思います。」と答えた。その女性は列後方の家族らしい人たちと何か話をして、また戻ってきた。そして、「私の姉だけがフィジーに行くのだけれど、荷物が多すぎるので、いくつかあなたの荷物として預けてくれませんか?」と。預入れ荷物は20キロまで、機内持ち込み荷物は7キロまで、と制限があるので、バックパックだけの私に白羽の矢が立ったのだろう。了承してその女性、ギネッタ(クライストチャーチ在住)と話をしながら、チェックインを待った。同僚のキリバス人に顔つきが似ているなぁ、と思って「キリバス人ですか?」と聞いたら、「いいえ、ツバル人です。」と。「ツバル?! 私、7月にツバルに行くんです!!」と大興奮してしまった。ツバルの人口は1万人。こんなところでばったり会うなんて、すごいことだ。お姉さんのセタプ(フィジーの首都スバ在住)も、「ツバルにいる両親に連絡するから、必ずうちに泊まりなさい。」とトントンと話が進んでしまった。結局、セタプの荷物は2人分としてもNZ$200(16000円)の超過料金を払わなければならなかったけれど、それでも随分感謝された。

 クライストチャーチからフィジーのナンディ国際空港までは約4時間。その間、何を隠そう私は赤ワインを3杯も飲んだ。ワインの名産地NZを去る感傷? 途中、隣のNZのおじさんがピーナッツの袋を派手に開けたために、私のカップにピーナッツが飛び込む事件あり。彼のピーナッツはほとんど飛び散ったので、私のをおすそ分け。そんなこんなで、いい気分になってナンディに到着。もわっとした暑さ。客引きのタクシー運転手たちの間を抜けて外に出たら、木陰で赤いアイス容器に入れたお弁当を手づかみで食べる人たち。はい、ここは間違いなくフィジーです。いつものように爆音で音楽がかかっているぼろいミニバスに乗って、同期Aちゃんちへ。私が多少酔っていることを知らない彼女はNZのこと、ツバルの宿を確保したことなんかをたっぷり聞かされたのでした。

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2007年5月12日 (土)

クライストチャーチを歩く

1_18 毎週末にフリーマーケットを催しているアートセンター、博物館、アートギャラリー、ハグレー公園を歩き回った。芸術のうん蓄なんてないけれど、そういうものに触れる時間は大好きだ。人が情熱を傾けて、心を込めて作ったものをいつまでも眺めていたいような気分、というのは贅沢なものです。

2_10 ちょっといいレストランで、ちょっと豪華な昼ごはんを食べてから、市バスに乗って20分、ビーチに面するニューブライトン図書館に行った。桟橋で釣りをする人、サーフィンをする人、日向ぼっこをする人などで週末のビーチは賑わっていた。外を散歩した後、館内へ。随分騒がしいなぁ、と思ったら、ロビーでジャズの生演奏をしていた。おしゃれですねぇ。2階には海の方に向いたソファで本を読んだり、音楽を聴けるようになっていた。こんな図書館が家の近くにあったら、入り浸っちゃうな、と思いつつ、閉館の4時までそれらしくアートの本など読んでみた。

 夕方、昨日から泊まっている小さな宿で知り合ったMちゃん(ワーキングホリデーでNZ滞在7ヶ月目)と、スーパーで待ち合わせて、夕食の買い物。私は待ち合わせより1時間ほど早く行って、おみやげを物色していたのだけれど、大きなカートを押しながら、きれいに陳列されたありとあらゆるものを見て回るだけでも、十分におもしろかった。宿に帰って、サーモンの刺身やラムのステーキなどNZのうまいものを準備して、乾杯。NZではどこに行っても日本人を見かけて、アジアの人もたくさん見かけたけれど、どういう訳か日本人同士はお互いに気付くのです。だけど、これまたどういう訳か、西洋人と当然のように「Hi !」と声を掛け合うような雰囲気はないのです。視界の片隅で同胞の存在を確認しつつ、近付かない。何でだろう、とずっと思っていたけれど、Mちゃんは違った。振る舞いや雰囲気が同期Gちゃんによく似ていて、すぐに打ち解けた。NZ最後の夜にそんなMちゃんとおいしいビールをのんびり飲めて、本当によかった。今夜はこの旅で唯一、シングルルームにありついたのだけれど、遅くまで飲んだ後でシャワーを浴びたら、その1人の空間を楽しむこともなく、あっという間に寝入ってしまった。

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2007年5月11日 (金)

運動不足がたたりました

 目覚めたら、ふくらはぎがパンパンに張れて、きりきり痛んでいた。そして、起き上がると、ひざももの凄く痛い。昨日、午前2時間、午後4時間のハイキング、そして自信満々で間違った道を突き進んだ1時間のちょっとしたロック・クライミングは、日頃の運動量の何日分に相当したのだろうか。1歩ずつひょこひょこ、とぎこちなく歩く。鍛えていない足に負担をかけ過ぎたらしい。痛い。そして、情けない。今日もバスに乗る前にRed Tarns Track(往復2時間)を歩く予定だったけれど、幸か不幸か、雨。マウント・クックのユースホステルは10時のチェックアウトを過ぎても、共有部分は自由に利用してよくて、のんびりとお茶を飲んだり、映画を見たりしてバスを待たせてもらった。

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 12時過ぎにバスに乗り込んだ。マウント・クックは明け方からずっと雨だったというのに、20分も走らずに青空が広がった。そこからは羊が草を食む草原が続いた。私がNZでずっと利用しているInterCity Coachlinesという長距離バスは目的地に向かう途中、絶景ポイントで10分ほど停車して写真を撮らせてくれたり、お昼やお茶の時間にカフェで30分ほどの休憩があったり、運転手が観光地の説明などをしてくれたりする。車内はきれいだし、座席がゆったりしていてよかった。そして何より、ユースホステル等の会員証を提示することで、15%のバックパッカーズ割引があって、とてもよかった。

 さて、南島最大の都市、クライストチャーチに戻ってきました。山の上ではひたすらトースト、ハチミツ、目玉焼きを食べていたので、NZらしいおいしいものを食べなくては。今夜はスーパーで見つけたサーモンを宿で刺身にして、地ビールと一緒にいただきました。おいしかったの、なんのって。

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2007年5月10日 (木)

目印をまんまと見逃す

 くもり。朝からKea Point Walk(往復2時間)へ。順調に展望台に着いたけれど、今日もマウント・クックは雲に覆われていた。残念。でも、せっかくそこまで行ったので、少し戻ったところから分岐するSealy Tarns Track(往復4時間)を歩き出した。看板によると、このコースは他と同じような遊歩道はなくて、岩場にところどころ目印があるだけらしい。振り返るとぞっとするような急斜面をよじ登ること、30分。初めのうちは“地球の歩き方”に、上級者向けと書いてあるだけあるなぁ、なんてのん気なことを思っていたけれど、目印は見当たらないし、人もいないし、到底登れそうにない大きな一枚岩を前にこれはおかしい、ようやく気付いて、引き返すことにした。下りきったところで、オレンジの目印発見。初めからコースを外れていた訳です…。小雨がぱらつく中、宿に向かいながら、必死に岩を登っている自分の姿を思い浮かべて、我ながら何がしたかったんだろう、とおかしくなった。

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 昼ごはんを食べている間に、急に空が晴れ上がり、マウント・クックがようやく雄姿を現した。さらにいい展望を求めて、気合いを入れて、Sealy Tarns Trackに再挑戦。今度は慎重に目印を探して、それに従いましたよ。コースは急勾配で非常にきつかった分、展望台からの眺めは最高だったし、達成感もあったし、何とも言えないいい気分だった。もっといい景色を見たい、この先におもしろいことがあるかも、という好奇心に導かれた2時間のハイキング。山歩きなんて、ほとんどしたことなかったけれど、これはおもしろい。

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2007年5月 9日 (水)

南半球のアルプス散策

1_16 まだ薄暗いワナカを発ち、NZ最高峰のマウント・クック(3754m)へ。さすがに“南半球のアルプス”と呼ばれるだけあって、バスを降りるなりサザンアルプス山脈の絶景が目の前に広がった。ここではひたすらトレッキングをすることにしている。周辺に遊歩道が何コースも整備されていて、初心者でも、特別な道具がなくても大丈夫、というのでとても楽しみにしていた。

 ここで2泊するユースホステルにチェックインして、さっと昼ごはんを食べて、早速Hooker Valley Track(往復4時間)を歩き始めた。天候が不安定で1年の3分の1以上は雨が降るらしく、ここに来る途中は見えていたマウント・クックの姿は雲に隠れていた。くもり空の下、♪夏が来れば思い出す はるかな尾瀬 遠い空、と口ずさみたくなるような景色の中を進む。2_8どんどん雲行きが怪しくなり、突風が吹きつけるようにもなって、深い谷にかかる2つ目のつり橋を渡り切れず、あと15分もすれば目的地、というところで引き返すことにした。座り込まないと、吹き飛ばされそうな風だったのです。結局、今日はマウント・クックが見れなかったけれど、きりっとする寒さの中、フリース、マフラー、ニット帽で体を温かくして雄大な自然の中をとことこ歩くのは、数日前に熱帯魚を眺めながらゆったり泳いだのと同じように、何か大きなものにふんわりと包まれているような錯覚がして、とても気持ちいい。そして、娘がふらふらとどこにでも行ってしまうのでハラハラしているかもしれない両親に、こういうことを全身で満喫できる丈夫な体をもらって、しばし感謝した。

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2007年5月 8日 (火)

やまぶき色の街

2_7 7時起床。同室者、全員睡眠中。電気をつける訳にいかず、手探りで洗面具、タオル、着替え、食料が入ったビニール袋をかき集める。温かい紅茶をゆっくり飲んで、朝ごはんを食べ、身支度を整えて8時頃部屋に戻ったけれど、まだ全員夢の中。こんなものなのかな。私は旅先での時間が惜しいけどな、旅先だからこそゆっくり寝てるのかな、なんて思いながら全ての荷物を引きずり出して、ダイニングで荷作りした。本当はここでできるらしい氷河ウォークをしてみたかったけれど、1週間で欲張ってあっちこっち回ろうとしているので、省かざるを得なかった。9時前にまた長距離バスに乗って、14時半頃ワナカという湖に面した紅葉がきれいな街に到着。

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 やまぶき色や朱色が街中に溢れていた。風はきりりと冷たいのに、秋ってどこか暖かな感じがする。宿でチェックインを済ませて、すぐにワナカの街が一望できるMt. Ironのトレッキングに向かった。登山口まで徒歩30分、そこから遊歩道が整備されているとは言え、標高550mの山を登るのはたやすくなくて、運動不足のために心臓をバクバクさせながら40分ほどで頂上に到着。街と湖と遠くの山々の大パノラマにぽっかり口が開いたまま。休憩しながら景色を眺めている私の前を犬を連れた半袖、短パン姿の中年夫婦や小さな子どもを背負ったお母さんたちが絶景に目もくれず、すたすた通り過ぎていく。NZには健康志向の人が多い、と聞いてはいたけれど、すっかり感心してしまった。

 今夜泊まった宿の受付にいた若いお兄ちゃんが私を見て、「日本人?」と尋ねてきた。「そうです。」と応えたら、「俺が大ファンのボストン・レッドソックスにダイスケ・マツザカが加わったんだけど、彼は本当にすごいピッチャーだ!」と意気揚々と語り出した。知ったかぶって「彼は高校時代から、全国屈指のピッチャーだったよ。」なんて言ったら、それはそれは嬉しそう。その勢いで通常NZ$2(160円)の布団レンタル料を「誰にも言っちゃダメだよ。」と小さく言っておまけしてくれた。こんなところで松坂大輔の恩恵にあずかるなんて、ありがたい。

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2007年5月 7日 (月)

NZの車窓から

1_15 朝8時、クライストチャーチから世界的に有名らしいThe TranzAlpineという山岳観光列車に乗った。大きな窓から、そして時々展望デッキでガタガタ震えながら雪に覆われた山々、渓谷、羊がのんびりと草を食む平原を眺めた。もちろん、頭の中を流れるのは“世界の車窓から”のテーマ。向かいの席のキャシーというイギリス人と、隣のボックスのオーストラリア人男性2人の会話に時々加わりながらサザンアルプスを横断して、グレイマウスという小さな町に4時間半後に到着。

 今日は大移動の日で1時間後に長距離バスに乗り換えて、フォックス・グレーシャー(氷河)というところまで行く。いよいよ本格的に寒くなりそうなので、駅近くのお店でマフラー購入。ちなみに、昨日、NZのロゴが入ったニット帽、購入済み。そして、スーパーでキウィ、洋なし、ミネラルウォーター、そしてバスの中で食べるようにハムとトマトのサンドウィッチも購入。腹ペコでバスに乗り込もうとしたら、運転手が「車内は飲食禁止ですよ。」と私の買い物袋に視線を向けて言う。えー、フィジーでこんなバスを走らせたら、みんな暴れるよ。がっかりしたけれど、しょうがないので空腹のまま18時前に宿に到着。着くや否や、食事。今夜もバックパッカー向けの安い宿に泊まった。6人部屋は満室。みんな、大学生くらいなのか、随分若く見える。気ままに旅を楽しんでいる元気な女性は多いんですねぇ。

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2007年5月 6日 (日)

晩秋のニュージーランド

2_6 昨日、フィジーらしい暑さの中、ビキニの跡をくっきり残したMちゃんを見送った。そして今朝8時、私もノースリーブを着てフィジーを飛び立った。4時間後、フリースを着込んで、バックパックを背負って降り立ったのは晩秋のニュージーランド(NZ)の南島、クライストチャーチ。寒い。この寒さ、とても新鮮。ほんの数日前にフィジーの海で泳いだのに、飛行機で4時間南下すると、こんなに気候が変わるんですねぇ。何だか不思議。

 およそ2年振りの、いわゆる先進国上陸。街がきれいなこと、誰も年齢や結婚しているかどうか、なんて決して尋ねてこないこと、バッグに入れているチョコレート(フィジーの半額以下!)が溶けないことなんかに、いちいち驚く。そして今日、最もすばらしい!と感動したのは、i Siteという観光案内所(主要な街のどこにでもある)の機能。下調べをしてある程度の計画は立てていたけれど、ネットで宿や長距離バス、列車といった交通手段を予約するには、同時にクレジットカードで支払いをしなければならず、それぞれの空き状況だけ確認して、初日の宿すら未定のままやって来た訳です。そして、まずは観光案内所へ。15分程で計画通り、全ての手配と支払いが完了。スタッフもとても感じが良くて、キウィ・イングリッシュと呼ばれるNZ特有の発音が聞き取れずに聞き返しても、丁寧に言い直してくれた。このサービスが無料って、NZやるでないの。

 でっかいスーパーをキョロキョロ見て回り、街のシンボルである大聖堂(写真)の礼拝に出て讃美歌にうっとりし、こんなところに来てまで…と躊躇しつつ、日本人が経営するらしい日本食店でサーモン丼をおいしくいただいたりした。今夜はさっき会員になったばっかりのユースホステル泊(NZ$25、2000円)。中国人2人と同室。ドミトリー(ベッドだけが並んだ部屋で、シャワー・トイレ・キッチン等は共有)に泊まるのは初めてだったけれど、きれいに掃除してあって快適なものです。NZ一人旅は順調な滑り出しです。

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2007年5月 4日 (金)

桁違いの旅好き夫婦

1_14 快晴。ナンディに戻る高速船の時間(15時)までシュノーケリングを楽しむ。本当に魚の数がすごい! 防水カメラを持っていたらな、なんてことを思いながら自分も魚になったような心地でゆらり、ゆらりと泳いだ。

 高速船の中で、昨日他の島にあるリゾートに移動した老夫婦と再会。インドとパキスタンで産まれ、共にロンドンで育ったという、心理学者と教師の2人。ロンドン→南アフリカ→オーストラリア→ニュージーランド→フィジー→ハワイ→アメリカ→ロンドン、という3ヶ月の旅行中。うらやましい限り。お互いのブレ(写真)が近くて、ハンモックで本を読んだりしていると、67歳には到底見えない元気なおじさんが通る度にハンモックを大きく揺らすので、お近付きになった。2人は結婚してすぐに1年間の休みを取って、ロンドンからインドネシアまで車で旅行した、という話に私はすごく興奮した。沢木耕太郎さんの他にもこんな人がいるんですねぇ。高速船の中で、旅の計画を一手に担っているというおばさんとずっとしゃべっていた。数年後の世界一周旅行のリストに日本も入っているらしい。「ずっと一緒に旅行をしていて、喧嘩しないんですか?」と聞いたら、「そんなの毎日よ!」との即答に大笑いしてしまった。私がロンドンを訪れるなら、ヨーロッパ周遊旅行に付き合ってくれるらしい。そんな日が来ればいいな。

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2007年5月 3日 (木)

Manta Rayと泳ぐ

 くもり。私は毎朝目覚めると決まって腹ペコなので、いつも朝からもりもり食べるのだけれど、今日は満腹になったところでこのリゾートの名前にもなっているManta Ray(イトマキエイ)と一緒に泳げる、というツアー出発の合図が聞こえてきて、慌てて水着を着た。ボートに乗り込んで10分足らずで、そのポイントに到着。早速、ガイドが指をさす。あ、Manta Rayだ! すごい!! 飛び込んでいいよ、と言われて、テキパキとシュノーケリングとフィンを付けた。Mちゃん曰く、このリゾート滞在中で私が一番いい顔をしたのは、この瞬間だったらしい。潮の流れが早いし、Manta Rayが驚くから無理にフィンを使わずに、流されるままでいい、と説明された通りに周りを見ながら流される。そして、両手を広げてふわふわ泳ぐ3m以上はありそうなManta Rayと何回も出くわした。最も近くて1m以内に接近! 口を大きく開けて正面からやって来た時には、彼らに攻撃性はない、と聞いていてもちょっとドッキリしたけれど、よく見ると口の周りに黄色の熱帯魚を数匹従えて、私たちの真下をすっと抜けて行った。流されるだけ流されたら、ボートで上流まで運んでもらい、そうして3回泳いだ。Manta Rayだけじゃなくて、魚の大群の中を泳いだりもした。このツアー、一押し!!

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 実はMちゃんは泳ぐのがあまり好きでない、ということをここに来る直前に知って、勝手に計画して悪いことしたなぁ、と思っていたけれど、快晴になった午後にはシュノーケリングのおもしろさに目覚め、さらにカーヤックで向こうの無人島にまで渡ったりして楽しんでいたMちゃんにほっとした。ビーチでビールを飲みながら眺めた今夜の夕焼けも月明かりも星も最高でした。

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2007年5月 2日 (水)

とんだ勘違い

 2泊3日でヤサワ諸島にあるManta Ray Island Resortへ。そこまでの高速船は8時半発。ところが、その時間をチェックインだと、どういう訳か思い込んでいて、のん気に売店でミネラルウォーターなど買った後で、動き出した私たちが乗るはずの高速船を見つけて、隣の桟橋を全力で走って何とかつかまえたのでした。あー、びっくりした。

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 約3時間で目的地に到着。宿そのものは値段の割に質素だけれど、とにかく海がきれい! ビーチのすぐ側でさんご礁と色とりどりの熱帯魚をいっぱい見ることができる。間違いなく、今までで1番すごい。ゆったりと泳ぐ魚たちは見飽きることがなくて、一緒に水の中にいるのが本当に心地良かった。

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 さて、ここのスタッフは100%フィジー系で、私がフィジー語を使うと非常に喜ばれた。白人観光客ばかりのリゾートで、現地語を話す外国人は彼らにとって、とても新鮮なようだった。一気に打ち解けたところで、「Kerekere(お願~い)」とMちゃんにココナッツ・ジュースを飲ませたいんだ、と伝えたら、あっさりOK。お兄さんがするするとココナッツの木に登って取って来てくれた。得しました。

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2007年5月 1日 (火)

ナンディ散策

 てるてる坊主、なんて作ったのは、どれくらい振りなのか思い出せもしない。Mちゃんにフィジーらしい空と太陽を見てほしい一心で、ピンクのガーゼのハンカチで作ってみたけれど、願い届かず、昨日は1日雨、そして今日もどんよりしていてサブサブを満喫してもらえないまま、朝の飛行機でナンディに移動。タウンでMちゃんはお土産探し。帰国が迫った私も一緒に物色したけれど、これといったものがなくて、全くもって困ってしまう。そして、Mちゃんがフィジーに到着したその日に購入したビキニと同じ柄のワンピースを見つけて、明日から行くリゾート用に購入。F$80(6400円)。一方の私は古着屋さんでとりあえずのワンピースを購入。F$2(160円)。Mちゃんの40分の1!!

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 随分歩き回って疲れた私たちはバスに乗って、今夜お世話になる同期Aちゃんの家に向かっていた。そして、こういう時に限って、バスが故障。運転手は乗客に何の説明もしないまま、反対車線にすごい勢いで走って行った。バスを1台停めてその運転手と何か話している。さらに後続のバスも停めた。何が始まるのか見守っていると、2台目のバスの乗客全員が1台目のバスに大移動。私が乗っていたバスの運転手は空になったバスをこちらに回してきて、私たちも大移動。この柔軟性。そして、何事もなかったかのように、またバスは走り出したのでした。

 やっとAちゃんちに到着。Mちゃんのかわいさに興奮していたAちゃんにも、隣の派手な色の家を指して「幼稚園?」と真面目に尋ねたり、紅茶とマギーヌードルが満載で半開きのスーツケースを前に「うん、大丈夫。」と言い切るMちゃんの正体が見え隠れした、かな?

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